【いつか来る春のために】⓮ 三人の家族編 ⑬ 黒田 勇吾
次の日の夕方でした、妻と優衣が見つかったのは。夜明けとともに僕は二階から降りてヤスタカ書店を目指して歩き始めました。水かさはまだ腰ぐらいのところもあったし、がれきや車やいろんなものが道に重なっていてひどく歩きにくかったです。お腹もすいていたし喉もカラカラだった。途中で水に浮いていたペットボトル入りの炭酸があってそれで喉の渇きは癒えました。
僕はとにかく妻が運転していたであろう車をひたすら探しながら歩きました。水かさがまだ高いところは迂回しながらさ迷い歩いたんです。ヤスタカ書店にももちろん行きましたがそれらしい車はありませんでした。同じように何かを探している人は結構いました。誰かの名前を呼びながら歩いている女の人もいて、その声が妙に今でも思い出されます。ある人からは菓子パンをひとついただきました。その人は、そこらへんに浮いているものはどっかの店から流れてきたものだからまだ食べられるぞ、と教えてくれました。そのアドバイスはとても助かりました。僕は車にお金の入った財布を置き忘れていたし、そもそも何かを売っているお店などすでに全くなかったのです。妻と優衣に遭ったら食べさせようと浮いていた菓子パンを二つポケットに入れました。
夕方になり、もう疲れ果ててどこかに腰掛けるところはないかと思って、歩いていた道の横の壊れている家の広い庭に入った時でした。そこに二台の車が斜めに重なっていてその一台の車に見覚えがありました。急いで駆け寄ってナンバーを見るとまさに妻の車でした。僕は必死になって車のドアを開けようとしましたが全然開きません。車体はところどころ大きくへこんで傷つき、窓ガラスは割れかけて白く濁って中が見えません。庭に在った大き目の石を持ってきて渾身の力で窓を叩きました。何度か繰り返してついに窓を壊し、そしてなかを見ると妻と優衣が抱き合うように重なって運転席と助手席をまたぐようにして横たわっていました。私は大きな声で妻と優衣の名前を叫び続けながらドアを思いっきり引っ張って開けました。黒い水がざっと流れ出ました。妻の額に急いで手のひらを当てると、冷たい氷を触ったように、そう、本当に氷のように冷たかったです。妻の胸に耳を当てて心音を探りましたが何も聴こえません。優衣の額も同じように冷たく濡れていました。優衣の心音も聴こえませんでした。私は二人の体を交互にさすりながら名前を呼び続けてずっと泣き叫んでいたと思います、、、そんな状態でどれほどの時間が過ぎたのか今も思い出せません。記憶が飛んでるんですね。ただ覚えているのは、妻も優衣も本当に眠っているような、微笑んでいるような優しい顔でした。今にも目を覚まして、どうしたの、と言いそうな安らかな寝顔のようでした。それから二人をさすり続けた僕の手が、とてもとても温かく感じたあの感触が今でも忘れられません。自衛隊の方がたが来るまで私はそこでずっと泣き続けていました。あたりは夕暮れを過ぎて、暗くなり始めていました。
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~~⓯へつづく~~