自分が感じたことを抑制しないで表す習慣
人が考えたこと、感じたこと、その表現方法は様々ありますが、共有された心の動きに触れることは、多くの人の心も動かします。音楽、絵画、映画、随筆など、様々な形で表現された人の心の動きに思いを馳せる時間を取ることは、人生を一層豊かなものにしてくれると思います。
人の表現に触れる機会は多かったとしても、自分自身の心の動きを表現することはできているでしょうか。どんな形であれ、自分が感じたことや考えたことを表しているでしょうか。
例えば音楽をやっていますという方。私自身も楽器をやりますが、目の前の楽譜を演奏すること、人と合わせること、模範演奏のような素晴らしい演奏をすること、どこか「しなければならない」と感じていることはありませんか。あなたを表現できていますか、と聞かれても、自信を持って「はい」とは言えない状況です。
本を読んで様々な方の考えや心の動きに触れることがあっても、自分自身が感じた心の動きを表現することができていないことに気がつきます。どこか、人の感動を「消費」しているだけの自分がいます。映画を見て泣きました、小説を読んで感動しました、音楽を聴いて感極まりました、絵を見て綺麗だなと思いました。全部「消費」です。
自分が感じたことを、どんな形でも表すことは、とても大切なことです。決して一流の文章を書かないといけないとか、立派な絵を描かないといけないとか、上手に演奏しなければいけないとかそういったことはありません。感じたことを表に出すだけです。下手くそでも別によいはずです。
ですが、なかなか表に出すことができません。周りからどう思われるかとか、「恐怖」の感情が自分自信を表に出すことを抑制してしまいます。その抑制が、自分自身をよくわからなくしてしまっています。やりたいことがわからないと考えてしまうのも、自分を表に出すことを抑制している結果であることが多いと思います。自分がどう感じたかを抑制することなく表に出すことを通じて、ようやく自分自身を理解することができます。
心を表に出すことの「恐怖」は自分自身で作り出したもので、どんな表現をしても人からどう思われることもないと分かっていても、やはり怖いものです。ですから、まずは守られた環境の中で、自分を解放することに取り組んでみたいと思います。誰にもみられないノートやメモに、率直に感じたことを箇条書きで書く、記録することを続けてみたいと思います。
子どもの日記みたいな感じで、短い文章で感情を箇条書きにするという、誰でもできる簡単な表現方法です。せっかく再開できたのにもうお別れなんて寂しいです。とかそのレベルです。平安時代の和歌もそのような感じです。紫式部「めぐり逢いて見しやそれともわかぬ間に雲がくれにし夜半の月影」。
決して難しいことではなく、誰でも簡単にできることです。難しくしてしまっているのは自分自身です。決して立派なものでなくても、自分が感じたことを素直に表すことで、自分自身がどういう人間なのかが分かってくるのではないかと思います。今後の小さな習慣として取り入れていきたいと思いました。
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