孤独になる理由は動物占いがオオカミだからではなく、信念が作用していた話
アバターインテグリティコース3日目の今日は、「自分が欲しいものを得るために人に対してしていることに責任を持つ」をテーマに洞察を深めていった。
見えてきたものは、「私はマイペースである」というしつこいアイデンティティー(信念)がある。
そのアイデンティティーを守るために、「常にマイペースでありたい」と言う欲求がある。
「私=マイペース」だから、マイペースが脅かされることは、自分の安心安全領域を侵される死活問題でもある。
これは他人との関係においてどういう影響を及ぼすのだろうか?
私にとって他人はマイペースを脅かす存在である。
なぜなら、他人に合わせなければならない、と言う信念があるからだ。
さらに、マイペースは人に迷惑をかける、と言う信念もある。
なぜなら、物心ついた幼い頃から母が父に対して「マイペースだ」と愚痴をこぼすのを聞いて育ってきたからだ。
さらに、人に迷惑をかけるのは悪いことだ、という信念もある。
結果的に、私はマイペースを守るために、そして、人に迷惑をかけないために、人を遠ざけ、孤独を選んでいる。
両親や兄などは、そんな私を心配している。
つまり、私は自分のマイペースを守ることで安心安全感を得るために、人に迷惑をかけないために、人を遠ざけ、人に心配をかけている。
そして、自分と似た人には「あの人はマイペースである」と名札付けし(ジャッジし)、自分のマイペースを守ることで安心安全感を得るために、その人を遠ざけている。
こんなややこしいことを私は人に対してしているんだ、と思うと、びっくりする。
でも、それが本当に自分が人に対してしていることなんだな、とようやく正気に返った気がする。
そして、私が孤独を選んでいる理由は、動物占いがオオカミだから、だと半分本気で思っていたが、そうではなく、自分の信念(思い込み、決めつけ、フィルター)によるものだったのだ、と呆然としている。
救いなのは、本当の私は源であり、創造主であるということ。
「私はマイペースである」という名札をつけて孤独を体験してきたけれど、
それが嫌ならその名札をとって他の名札に付け替えることもできるのだ。
新しい名札に付け替えるには、今使っている名札を認識する必要がある。
今日のワークは、その最初のステップだったのだ。