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噫井上中尉夫人 (丸山和歌子)。

丸山和歌子の歌う「噫井上中尉夫人」。島田芳文作詞、近藤政二郎作曲ですが、このトリオでの時局歌謡は大変珍しいのではないかと思います。島田は「丘を越えて」や「野分の唄」など、青春歌謡や抒情歌がメインでしたし、昭和一桁には数多の録音を残した丸山も日華事変勃発の頃にはレコード界からは身を引いています。勿論この歌はそれよりも前の録音で、夫の出征に際して後顧の憂いなき様にと自刃した若き妻を讃える内容です。昭和6年12月12日、大阪に在る陸軍歩兵第四師団第三十七連隊付士官井上清一中尉の妻である千代子夫人は、夫の出征の前日に天皇皇后両陛下の御真影を掲げた部屋にて白装束に盛装の上、遺書をしたためて自刃しました。中尉は悲しみを堪えて予定通り出征し、夫不在の中で葬儀が執り行われて、記事解禁後は「軍国美談」として報じられました💬。

年が明けると、新興キネマが早くも映画化。「死の選別、井上中尉夫人」と云うタイトルで封切られており、監督は木村恵吾が担当。津村博、近松里子らが出演しましたが、この歌との関連は分かりません。「噫井上中尉夫人」は、丸山の歌った唯一の時局歌と思われます。三番構成のしめやかで暗いメロディですが、後年の戦時歌謡にある様な引き締まった感じではなく、淀んだ裏町調流行歌のソレを思わせます。丸山和歌子の歌声も、いつもの遣る瀬無く気怠いトーンです。作曲者の近藤政二郎は浅草のステージで指揮者としての活躍後は、流行歌の世界へと転じました。パルロフォン、コロムビアと各社に曲を提供し続けて、昭和8年にポリドールの専属となりました。昭和10年初夏に東海林太郎に提供した「気まぐれ冠者」を最後に姿を消したのですが、彼の詳細な経歴は不明です🎬。

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