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誰か泣かざる (伊藤久男、台詞夏川大二郎)。

伊藤久男の歌、俳優夏川大二郎の台詞が入る「誰か泣かざる」。深草三郎作詞、明本京静作曲とありますが、深草は明本の変名なので即ち作詞作曲を兼ねているのです。日華事変が拡大の一途を辿る中で多くの男性が戦場へと召されましたが、その中には我が子の誕生を目にする事もなく戦死した人や、その吉報を心待ちに銃を取る人もおりました。父親や夫、または兄の戦死をテーマにした歌は沢山あるのですが、逆に此の「誰か泣かざる」は家庭を守っていた身重の妻の死を描いており、その悲しみを乗り越えて妻の御霊と共に国への御奉公を誓うと云う、典型的な愛国流行歌でした。故郷の町で郷土部隊の戦勝を祝う提灯行列が練り歩く中、出産時に容態が悪化した兵士の妻を気遣って行列の人達が万歳を控えようとしたその時の事。妻は私は産褥で助からないので、構う事なく盛大な万歳を挙げて欲しいと願い出て、歓喜の声の中で息絶えると云う悲しい内容になっています😞。

マイナーテンポの悲しみを噛み締める様なメロディで全三番構成。間奏では夏川大二郎が妻子を喪った兵士の心情を感情を込めて綴っております。♫でかしたぞ…でかしたぞ…と悲しみの中で、その最期を讃えた歌詞には時局故の表現ながら遣る瀬無いものが。伊藤久男は「暁に祈る」など数々の戦時歌謡を吹き込みましたが、その歌声には勇壮さと哀愁が同居していて、特に此の様な人の死を悼むテーマの曲ではその魅力が満ち溢れている様に思えます。明本京静は音楽家近衛秀麿の門下生で、当初は夏山しげると云う名前で歌手活動するも中々ヒットがなく、昭和11年以降は作曲家に専念する事になりました。食うや食わずやの状況の中で書いた「父よあなたは強かった」が漸く名前が認知されるのです。伊藤久男も売れるまで売れなかった口なので、此の時は共々嬉しかったに違いありません。裏面は音丸の歌う「みくにの妻」で、レコードは昭和14年春に発売されました😀。

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