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ジョアン3世:フランシスコ・ザビエルを派遣した王

 ジョアン3世はポルトガルの黄金時代の国王(1502ー1557)。敬虔な人物として知られ、国内では異端審問所の導入などの宗教政策を実施した。国外へのキリスト教の宣教にも熱心であり、東アジアにあのザビエルを派遣した。

ジョアン3世(João III)の生涯


 ジョアン3世の父はマヌエル1世で、母はスペインのカトリック両王と呼ばれたイサベラ1世の娘マリアである。
 ポルトガルはマヌエル1世の時代に、東アジアへの進出を果たした。マヌエルのもとで、ヴァスコ・ダ・ガマが東インド航路を開拓し、インド貿易を始めたのだ。ポルトガルは南アジアや東南アジアに海洋帝国を構築していく。
 1521年、マヌエル1世が没した。ジョアン3世は19歳でポルトガル王に即位した。ジョアンは慎重な人物として知られた。さらに、敬虔さでも知られ、敬虔王と呼ばれた。

 ジョアン3世の治世


 国内では、ジョアン3世は王権を強化するなど、多くの面で父マヌエルの政策を継承した。さらに、 ジョアン3世は文芸のパトロンとなって、文化の発展を推進した。宮廷に学者や芸術家を迎え、貴重な書物などを収集し、学芸の発展を推進した。

宗教政策

 さらに、ジョアンは様々な宗教政策を強力におしすすめた。とくに、国内の主要な教会の人事権などをしっかり握った。これが後述のキリスト教の宣教につながっていく。
 国内では、ジョアンはコンベルソ(キリスト教に改宗したユダヤ人)への対策をスペインと同様に推し進めた。
 スペインでは、ユダヤ人にたいして、キリスト教徒に改宗するか、あるいは追放されるかの二択が迫られた。
 スペインで改宗に応じず、追放されたユダヤ人の多くは隣国のポルトガルに逃れていた。マヌエルがユダヤ人やコンベルソにたいして同様の厳しい政策をとったためだ。ジョアンもまたポルトガルでも同様の方針をとった。
 その流れで、1536年、ジョアンは異端審問所を導入した。当初の異端審問の主な対象は上述のコンベルソだった。
 1540年には、異端の罪で火刑が執行された。さらに、1547年には、禁書目録制度を設立した。これもまたローマ教皇庁の制度とは別個だった。
 1540年、ジョアンは新設されたばかりのイエズス会をポルトガルに導入した。イエズス会はカトリックの修道会である。
 その後、イエズス会は200年間ほどポルトガルに強い影響力を行使することになる。大学の講師陣に選ばれたり、王侯貴族の宗教担当を担ったりしたためである。
 ジョアンはプロテスタント対策も行った。ドイツで1517年にルターの宗教改革が始まった。その宗派がポルトガルに流れ込まないよう対策がとられた。

 対外政策:ポルトガル海洋帝国

 ポルトガルは大航海時代の先陣を切った国である。1415年にポルトガルがアフリカ北部のモロッコのセウタを攻略したのが大航海時代の始まりとされる。父マヌエル1世の時代に、ポルトガルは海洋帝国として本格的に発展した。ここから、ポルトガルの黄金時代が始まった。
 ジョアン3世の時代は黄金時代のさなかにあった。だが、徐々に勢力にかげりが見え始めた時期でもある。父の時代に一挙に拡張しすぎた帝国を管理し、必要に応じて縮小することを余儀なくされる。 
 東インド航路や東アジアの海では、オスマン帝国や各地のスルタンなどと海戦を行っていた。そのため、戦費が嵩んだ。そこで、ジョアンはポルトガル海洋帝国の一部を放棄して支出を減らそうとした。

ザビエル東アジアへ

 ジョアンは東アジアやブラジルへの宣教活動を推進するために、宣教師を募集した。新設されたばかりのイエズス会から、ザビエルが派遣されることになった。かくして、ザビエルに東南アジアの宣教を委ねた。

 結果として、ザビエルは日本宣教を開始することになり、キリスト教会を最初に日本で樹立した。かくして、日本のキリシタン時代が始まる。ポルトガル海洋帝国での最大の貿易利益は日本との南蛮貿易で得られることになる。

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おすすめ関連記事

☆ザビエル:ジョアンの依頼で結果的に日本宣教を始めた。そこから南蛮貿易が本格的に始まり、ポルトガルに大きな利益をもたらすことにもなる。

☆マヌエル1世:ジョアンの父だったポルトガル王。ヴァスコ・ダ・ガマに東インド航路を開拓させて、ポルトガルの東アジア進出を本格的に開始した。ジョアンの時代はその延長線上にあるため、マヌエル1世についても知ることが望ましい。


おすすめ参考文献

金七紀男『図説ポルトガルの歴史』河出書房新社, 2022

金七紀男『ブラジル史』東洋書店, 2009


Charlotte de Castelnau-L'Estoile(ed.), Connaissances et pouvoirs : les espaces impériaux (XVIe-XVIIIe siècles) : France, Espagne, Portugal, Presses universitaires de Bordeaux, 2005

A.R. Disney, A history of Portugal and the Portuguese Empire : from beginnings to 1807, Cambridge University Press, 2009

E. Michael Gerli(ed.), The Routledge Hispanic studies companion to medieval Iberia : unity in diversity, Routledge, 2021

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