レキシズルバー12周年「レキシズル」その歴史とこれからのビジョン(レキシズルスペシャル 2020.6.24)
東京御茶ノ水のレキシズルバーは、2020年6月で12周年を迎えた。
今回のスペシャルは原点に戻って「レキシズル」
今までとこれからのレキシズルを
首脳&TERAKOYAの安東先生のコンビが語る。
※( )はyoutubeの時間
◼︎レキシズル誕生まで(0:00)
元々ここは、渡部商店(わたなべしょうてん/通称ナベショー)
というバーデンダーが日替わりのショットバー。
水曜の夜がレキシズルバーとなる。
2004年、レキシズルバーができる約4年前。
まだ歴史はディープなファンが一人で楽しむという
イメージだった時代。
そもそも渡部商店は広告代理店で、
レキシズルの首脳である渡部氏は
「歴史街道」という雑誌の広告の仕事をしていた。
しかし、そんなイメージなので掲載に躊躇する広告主も多い。
そこで、当時は広告獲得のために
歴史の”ライト層”を取り込みたいと、渡部氏は思うようになる。
が、そんな人は探してもどこにもいない。
そこから歴史街道の編集部、営業部を巻き込んでの
右往左往が始まるのだが、なかなかうまく事が運ばない。
それなら一人でやるしかないか・・・
という、まさかのネガティブ理由で
2008年6月、レキシズルバーは誕生する。
◼︎レキシズル、ブームに乗る(16:10)
オープンから半年、レキシズルに追い風が吹く。
「歴女旋風」である。
さらに王様のブランチの取材をきっかけに
「ここに歴女がいるのか!」とばかり
各メディアの取材も殺到、一気に知名度が上がる。
数年後には「月曜から夜ふかし」の取材も入り、
ユーザーも一気に増える。
メディアは面白くするために極端な表現もするけど、
広告効果は絶大なんだから、事実と違うと怒っちゃダメ、
と広告屋でもある渡部氏は語る。
もちろん、一度来ただけで去った人もいるけど、
世の中に存在するかも未知数だった”ライトな歴史ユーザー”が
気軽に集える場が生まれた意義って大きい。
◼︎そしてレキシズルは進化していく(23:13)
2011年12月、数寄語り(すきがたり)がスタート。
ユーザーが自分の好きな人物や時代などを語る、
15分間の歴史プレゼン。
これをきっかけにレキシズルは大きく変わる。
「歴史のアウトプットが自分事になった」のだ。
知識が深いからといって面白くなるわけではなく、
そこまで知識がなくても、
ものすごく面白い語りもあるというのが、
数寄語りのおもしろいところ。
そして、2012年6月、バーのあるビルの3階に
レキシズルスペースがオープン。
そこから8年かけてレキシズルのシステムが出来上がっていった。
首脳が仕掛けている「新時代型歴ドル」については、
ここで語るのは遠慮しておこう・・・
◼︎レキシズルは新たな時代へ(44:30)
首脳が「ライトなレキシユーザーを取り込みたい」と思い始めて16年、
レキシズルはこの3つを実現させてきた
1.歴史のポップ化
2.歴史好きの交流活性
3.歴史プレゼンターの育成
さらに今後は「拡大戦略」を取っていくという。
岐阜県大垣に歴史のバーができる。
レキシズルのユーザーがオープンさせるのだ。
今後、レキシズルメソッドの横展開をしていくという。
その戦略は
「地方の飲食店と同盟を結ぶ」
条件は経営者や店主が歴史好き、という一点だけだ。
◼︎「歴史好きの積極化」(52:18)
レキシズルバーで仲間と語り合うのも楽しいとは思うけど、
首脳が今後、歴史好きに期待することは、
1.独自に自力(+他力)で仕掛ける
2.外にいる人間をもっと巻き込む
3.諦めず改善を重ねて、やめない
4.バーで女の子や学生などには一杯おごってあげる
「みんなで歴史好きを増やす」
それが首脳からのレキシズルユーザーへの最大のメッセージだ。
この場と、ここで出会った友と巡り会わなければ、
今頃わたしの生活は、
とても味気ないものになっていたかもしれない。
レキシズルはわたしにとって、大きな財産だけど、
とはいえ、歴史好きへのミッションも課され、
楽しむだけではいられないなー、と思った夜なのでした。
レキシズルバー12周年「レキシズル」の全内容はこちら↓
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