8月上旬 資本主義の平原にて、群れの雄になる人たち

 どんな人間でも腹が減るから金は必要で、それだけならマシなのだが。加えてもっと珍しいモノを必須栄養素とする人が増えている。
 ライフスタイルにこだわりを持つ人は一定数いる。けして全員だとは思わない。人間の理性と自由を信じる論調が力を増すにつれ、まるでこの世界の総員が等しく”人間的”であるような錯覚に陥る。しかし啓蒙の光が照らす範囲は案外狭い。アカデミックな人たちや精力的な人たちを起点として光は伝播するが、周囲にそういった人がいない、いても響かない環境がある。自らの周囲が完全に理性の力で満たされていると思っている人がいたら、警告したい。付き合う人を選びすぎている。水が高いほうから流れるように、文化や知識も必ず授ける側と受け取る側に分かれる。自分が理性の力に囲まれていると感じるとき、自分がそのコミュニティで一番無知な人間かもしれない。理性の光で輝く恒星系で、自分が太陽なのか月なのかをわきまえる必要がある。


芸術とメイクマネー

 芸術、ボンボン有利すぎ問題。私はこれ自体に何か問題があるわけではないと思う。資本主義において生活が担保されていれば他の娯楽に時間が割ける、当たり前だ。それよりも芸術家が優遇されすぎているほうが不和を生んでいると考える。田舎であれば社会基盤を支える仕事が評価されている印象なので、もしかすると先進国・都会特有の現象なのかもしれない。
 お金を稼ぐことと自己表現の二項対立について。この世で一番おいしい料理はマクドナルドではない。こだわり・自己表現がテーマになるときに大衆というワードが悪い意味で出てきがちだ。売れているポップスを大衆音楽と言って馬鹿にするみたいな。しかしここを二項対立にしてしまうのは不毛すぎる。二項対立は両者の相互作用を無視してしまうので、互いに手を取り合う方法を見失う。
 先ほども言及したように、資本主義においてボンボンは有利だ。お金を稼ぐことに特化した人がいて、その人の援助でこだわりを貫けばいい。スクウェア・エニックスはソーシャルゲーム部署で稼いだお金でコンシューマーゲームを制作する。このようにチームで考えれば最善に近い選択ができるはずだ。資本主義というサバンナで、群れのためにお金を稼ぐ雄、そのお金で自己表現に耽溺する雌、優劣はなくどちらを選ぶかだ。

リーダーは話し方が9割 永松茂久

 先月に引き続き、自己啓発系2冊目。こちらも結構ビジネスチックなタイトルだが、実は適応範囲がめっちゃ広い!冒頭に書かれているのだが、本書のターゲット層は中規模以上の社長ほどのリーダーではない。零細企業社長、中間管理職、バイトリーダー、教師、親といったレベル感だ。とにかく1人以上に教え導くという立場なら全員に刺さる内容で読みやすさ・章末のイラストもグッドだった。話し方という題名だが、内容は普段とるべきスタンスまで及ぶ。
for you talk…話相手(部下)を主役にする話し方テクニック。否定せず、相手の興味に合わせた話題を心がける。そのために相手の興味は下調べ必須。上司という立場なので、相手が未来の仕事・キャリアにワクワクできるようにする。正確さより分かりやすさが第一。
自己重要感を高める…役職などでなく、名前を呼ぶ。自分の話をするときは、IでなくWeを主語にする。話を適宜振ってあげる。部下のいいところメモを習慣づける。最終目標でなく、日々の業務がどう役立つかを話す。
話さない力…人は自ら話したことに引っ張られていくので、部下自身に話させる。話が長くなる・早口を防ぐために台本を作るが3割を目安に話す。1テーマ10分にする。伝えたいことが多い時は次回に回せばいい。

三体3 死神永生 下 劉慈欣

三体3部作、終結。衝撃のスケール感。いままでの文庫4冊に対しても、ラストということもあり超規模感。一部を読み始めた頃はここまで描くと思っていなかった!なんなら死神永生の前半からも予想できないくらいのエンディング。展開が激しすぎて賛否は分かれそうだが、ここまでの大作を終結させるには必要だったんじゃないかと思う。3体の帯には、SFの可能性を広げる作品と銘打っていたが、これを読んでSF書こうとは思わない。勝てないでしょ。ちなみに自分が一番好きなのは2部 黒暗森林。SFでありながら人間ドラマにも特化しており、頭脳戦の描き方もピカイチに面白かった。次はテッドチャンなど読んでみたいな。

限りなく透明に近いブルー 村上龍

 本棚にあったから、なんとなく読んでみた。感想、思ってたのと全然違う。題名からなんとなく美しい描写で満たされているのかと予想していたが、最初から最後まで退廃的で外部から観測可能な起承転結もない。150ページ程度しかなく、それでいて2割くらいは幻覚剤の見せる幻。なにこれ。序盤主人公リュウと恋人リリーが幻覚剤をキメながらドライブした末に謎の光に飲み込まれるような描写があったので、え、UFO?それ系だったの!?と思ったら普通に幻覚で翌朝家に戻ってた。途中出てくるどうしようもない若者たちの心情描写をみながら、修正不可能な袋小路に陥った人間の虚しさを感じるだけだった。結局真人間ポジションのリュウも変化が見られず、タイトルを回収して終了。主人公のリュウが魅力的だなってくらいの感想しか出てこなかった。
 なぜ主人公が魅力的に映るのか。本作の特徴は、語り口に感情の起伏がないことである。彼の態度は、日常的に繰り広げられるショッキングな事件と独立しているかのようだ。しかし一見無気力に見えるリュウはかなり精緻に周囲を観察している。幻覚をみているときなど顕著だ。そして本人の口からも長々とそのことが語られるシーンがある。感受性の高すぎる主人公と、退廃的な周囲のギャップ。何も語らず、ただ周囲を映し続けるだけのリュウが最後のシーンでは心の風景を伝えたいと思い始める。巻末に添付された顛末まで含め、希望の一冊だった。

女神の継承  ナ・ホンジン原作 バンジョン・ピサンタナクーン監督

2021年とかに公開されたタイホラー。有名だけど見ていなかったのを、空き時間に履修した。土着信仰系で、仏像や呪術モチーフがたくさん出てくる。呪詛とおなじくらいビジュアルが良かった。構成としては結構スロースタートで、後半になってからジャンプスケアとグロシーンが多発する。ジャンプスケア自体は全然好きでないのだが、前半の雰囲気づくりターンがあるので、まあビックリ好きの人のために用意するくらい良いよね…って感想。後半は大オチの家に封印されてるシーンが邪悪で高評価。あとは前半全体的に何も映らないのが良かった。やはりJホラー的表現(日本だけじゃなくなってきてるしこの言い方やめたいけど)を追求したいと感じた。

地面師たち 新庄耕原作 大根仁監督

なんだか周りで話題&ありスパで触れられていたから急いで視聴。このためにNetflixに入った。その価値ありました。前評判としてかなりネトフリっぽい作り(大衆への娯楽全振り、お金かけまくり)とは聞いていたが、ここまで振り切っていたとは驚き。不快な間が一切なく、7話でスパッと終わるスピード感も良かった。全く雑味のない完成形で本当に面白かった。あらゆる伏線、感情をコントロールする脚本は見事。不幸になる人間は必ず関連するフラグが立てられ、フラグ回収までの裏切りもちょくちょく挟む粋な構成。見る人を選ばない(ショッキングな内容を多分に含むのはあれだけど)商業的な完成度に感服した。

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