夢のような魔法の恋をした 第3話
『一世一代の告白と感動の反省会とリセットボタン』
「Aさん。」
彼女は右隣のAさんを向いた。
「うん?なあに?」
Aさんは、いつもの穏やかな微笑みでこちらを見る。
「わたし。Aさんのことが、好きです。」
彼女は告白しながら、
その告白の言葉を伝えることと、
伝えるときの表情を見られるのが
恥ずかし過ぎて、うつむいた。
電車のガダンゴトンという音と
走り抜ける振動で揺れる窓の音
時折聴こえる、ドアの開閉音
静寂が、消されていた。
彼女の、
心からの恥ずかしさを掻き消すように。
横目で、
Aさんがこちらを覗きこんでいる気配がする。
彼女は、更に顔を埋めた。
暖かい車内なのに、耳まであつい。
Aさんは、頭をかいたようだ。
彼女は、Aさんをまだ見れない。
「そうだったんだね。ありがとう。」
Aさんは、そう言ってから
何か言いたげに考えている。
やっと、彼女は
Aさんが、考えに没頭しているとわかったので、
Aさんを見つめられるようになった。
電車はその途端、到着駅に着いた。
Aさんが、彼女の路線の改札まで
送ってくれることになった。
Aさんは口を開いた。
「さっきのことだけどね」
「はい」
彼女は、硬い表情で返事をした。
Aさんは、
駅構内を歩きながら話す。
「返事は、グレーでもいいかな?」
彼女は、面食らった。
歩きながら、必死に考え
グレーの意味をさがそうとしたが、
当時の彼女には、理解ができなかった。
そして、
グレーがわからないということを
伝えたほうがよい事も知らなかった。
彼女はドキドキしながら聞いた。
「それは、あまり良くない返事ということですか?」
Aさんは、微笑みながら、
困ったような、焦ったような顔をしている。
「Rちゃんて、白黒はっきりつけたいタイプ?」
彼女は、考え込んだ。それは物事によると思ったのだ。
告白というものに関して
彼女の短い人生のなかでは、
グレーな回答をするストーリーを
見聞きしたことがなかった。
彼女は「そうでもないです。」とだけ伝えて、
そう伝えたことの影響もわからず
何も言えなかった。
その日は、そこまでで解散した。
連絡先は交換していた。
彼女は、帰宅後
眠気よりも溢れる感情に
ひざまづき、むせび泣いた。
かつて、このような喜びはなかった。
この自分に、
返事はグレーでも
告白することが出来ました!
入念な準備をして、彼女なりに
勇気を出し尽くしたのでした!
それも束の間
突然Aさんから、電話がかかってきた。
「無事に帰れたかな?」
「あ、はい。お陰様で無事に帰れました。
ありがとうございます。」
「告白してくれたことなんだけれど、
大丈夫、安心していいからね。」
「え?あ、はい。」
はい、とは言ったが
彼女はそれの意味がわからなかった。
「次回、高田馬場のバーでLIVEやるんだ。
今度こそ、お姉ちゃんとじゃなくて友達ときてね(笑)」
一呼吸おいてから
彼女は「はい!わかりました!」と、答えた。
その後、
PHS(当時主流の携帯電話)で、
Aさんに今回のお礼のメールを送った。
軽く返信がきた。
前述の通り、彼女にまともに呼べる友達はいない。
先ず、姉妹に相談した。
姉は言った。
「素直に1人でいってみるしかないよ!
それで、今後の様子をみてみたら?」
その通りだった。
だが、他にも問題点がある。
そのLIVEを全てみると、
終電に間に合わないかもしれない。
当時、姉は母親に対して
オールで帰宅しないという門限やぶりの
きっかけは作ってくれていたようだ。
いわゆる免疫作りだ。
作ってくれた、というより
姉にも姉の青春があった。
母親には、ひとり親なのに
たくさんの心配と
迷惑をかけてきたものです。
彼女は、Aさんには
メールで友達と行くと嘘をつき、
1人で行くことに決めた。
好きな人に嘘をつくという罪悪感が、
彼女を支配し始めた。
高田馬場LIVE当日
彼女は
流行りのミ・ジェーンの
トップスとミニスカートに
厚底サンダルというスタイル。
緊張しながら、罪悪感を抱えながら、
1人でバーに向かった。
Aさんは、
既に演奏する場所にすわっている。
お店は賑わっていた。
グラスの交わされる音が聞こえる。
彼女は、1人で少し心細かったが
Aさんへ熱い眼差しをむけて、
演奏を観ていた。
この前の新高円寺でのバーでの演奏とは違って
男性がボーカルだった。
当時の彼女にはAさんにしか、焦点が当たっていなかった。
音楽は頭に入ってきたが、
彼女にはドラムの音がよく聴こえる。
「俺は、下手だけどドラマーになりたいんだ。」
「演奏はね、いかにリラックスするかなんだ。そう、俺の正反対(笑)」
正直に、
自分の弱さをはなす彼に
彼女は、好感と応援したい気持ちがさらに芽生えた。
夢を追いかけるその姿を
懸命に、目に焼きつけ応援した。
お客さんは
それぞれが音楽に身体をゆだねながら
話をしたり、歌ったりしている。
気がついたら、演奏は終わっていた。
時刻は終電を過ぎている。
この日、始めて
Aさんがこちらに来た。
「あれ?友達は?」
「ごめんなさい。来れなくて・・・。」
「そっか。時間的に厳しいよね(^^;」
彼女は
友達がいないとは、言えなかった。
しかし、門限というものに
この時は助けられた。
でも、罪悪感がこびりついた。
彼女は勇気を出して、お願いをした。
「Aさん、ごめんなさい。終電がないので
一緒にオールして頂けませんか?」
「そうだね。もう電車終わってるよね。
大丈夫、後は任せて。ちょっと片付けるから待っててね」
迷惑をかけているにも関わらず、
Aさんは、いつも思い遣りがあって優しい。
2人は明治通りを歩き、
池袋のファミレスへむかった。
2回目のファミレスオール。
今度は、ちょっと関係性がちがう。
Aさんの言う グレーな関係の。
相変わらず、話がはずむ。
「Rちゃーん。友達とくるって言ったじゃーん。
嘘つきー(笑)」
「ごめんなさーい(^^;」
そんな、じゃれ合いが続いた。
彼女は、この時間に外にいるという背徳感とともに
今までにない、
とてつもない幸福感に見舞われていた。
そんな折、
「俺、今日 昼間のバイト、
めちゃめちゃ忙しかったんだよね。」
ふと、彼は眠そうな表情をしている。
王将のアルバイトは、キツい。
体力と精神力を使う。
経験者の彼女は心から共感し、Aさんを見つめると
彼はうつむいて、眼を閉じている。
彼女はその寝つきのはやさに驚いた。
精魂尽きはてているのだろうと思った。
次第に、Aさんの口から涎がつつーと流れてきた。
彼女は心のリアクションをとるより前に
紙ナプキンで流れてくる涎をぬぐっていた。
拭ってから、ハッと彼女は実感した。
どんな姿でもいいの。
側にいてくれるだけで、私は幸せなの。
幸せな、長い沈黙はつづいた。
店員さんが
他のお客さんに話しかける声に
Aさんは気がつき、パッと目を開けた。
起き上がって、彼女を見る。
「俺、もしかして寝てた?」
笑顔で彼女は答える。
「うん。よだれも垂らしてたよ。」
「マジで?!!恥ずい!ゴメン!」
Aさんは
自分のデニムが濡れてないか確認する。
「って、ジーンズが濡れてない!?」
彼女は労わるように涎はぬぐったことを説明してから
「だいぶ疲れてるんだね」と、言った。
Aさんは、罰がわるそうな
でも、ホッとしたような表情をしている。
朝になった。
気だるくも、朝は爽やかで陽射しが眩しい。
2人は東京芸術劇場の
噴水広場に座っていた。
なぜか、話がつきない2人。
「Rちゃん。俺、謝らないといけないんだ。」
「うん?」
「さっきのLIVEの演奏仲間に、Rちゃんのこと
彼女じゃなくて、友達だって紹介してしまったんだ。」
彼女は内心かなしかった。でも、微笑みながら答えた。
「そうだよね。まだ、グレーだからね。」
「なんか、その。照れくさくて。」
沈黙が続いた。
彼女は、違和感を感じていた。
Aさんが、
やたらに彼女の身体に視線を送ってくることを。
Aさんの手の側面が、段々彼女の手の側面にくっついてきた。
これが、男性というものなのか?
そう考えながらも、彼女は平然を装う。
とつぜん、Aさんが脈略もなく話しだした。
「Rちゃん、リセットボタン押してもいいかな?」
「えっ?リセットボタン?」
何の事か、意味が全くわからなかった。
まるで、ドラえもんがポケットから
リセットボタンを出したかのようだった。
Aさんは、真面目な顔をして言った。
「この前のRちゃんからの告白の、リセットをしたいんだ。
今日、俺からの告白でお付き合いさせてくれないかな?」
その発言を
自然と彼女は、Aさんの顔を見て聞けていた。
真っ直ぐに
自分の気持ちを話す人の表情の美しさに見惚れた。
いま思えば
きっと、見惚れている彼女の表情は
彼のLIVEを初めて観に行き、
彼が来るのをドキドキしながら待っていた
あの時、姉が突然撮った「自分でも気がひけるくらい」
の綺麗な顔をしていたのかもしれない。
一瞬、間をおいて彼女は笑ってごまかした。
「またまた、ご冗談をー(笑)」
Aさんの表情は変わらないように見えて、
少し柔らかくなって、微笑んでいる。
「リセットボタン、一緒に押そう。」
そう促しながら、
宙にある【ボタン】を押す仕草をして見せる。
彼女は、穏やかな彼の告白を
身体と心、全てで感じた。
「はい。」微笑みながら、言えた。
2人は指をくっつけながら
その【ボタン】を 押した。
正直、彼女にその瞬間
まだAさんから告白をされたという
実感が湧かなかった。
でも、Aさんが輝いた笑顔になったことで
事態を理解した。
「これから、よろしくね!」
「こちらこそ、よろしくお願いします!」
「先ずは、敬語やめよう?」
「はい。。。あっ!。。わかったー!」
第一関門突破。
「それじゃあー、なんて呼び合おっか?」
「うーん。」
「俺は、Rちゃんにするね!」
「私は、、、。Mちゃん、Mくんとか?」
「いいね!呼んでみて!?」
「み、Mくん。。。(照)」
うつむく彼女。
覗きこむ彼。
そんなシチュエーションに笑う2人。
年の差は6歳。
16歳と22歳だ。
大きかった。彼女は思った。
良い意味で、彼という
大仏の手の平にのったみたいだと。
その日もまた
彼女の改札まで、彼は送る。
彼女は西武池袋線。
彼は埼京線。
「送ってくれて、ありがとう。」
「また、メールするね!」
「うん!またね!」
「おー、またね!」
帰宅した彼女は、
オールの疲れと、外出のバーでの気疲れと、
好きな人と一緒にいた緊張から解放された。
眠いようで、眠れない。
姉妹は既に、起きている。
帰宅した中間子を
長女と三女は見守る。
「どうだった?」
「うん、凄く楽しかったよ。
あのね、リセットボタンっていうの押したよ!」
姉妹「リセットボタン?」
「なあにそれー!?」
「うん。私が告白したのを、自分から
告白したことにしたいって話されてから、
一緒に押したのね。」
姉は驚いて喜んでから、爆笑した。
姉は頭の回転が早い。対して、彼女はマイペースだ。
姉は言った。
「良かったね!それって、向こうからの告白になったってことだよね?!ってゆーか、リセットボタンの言葉のチョイス(爆笑)」
妹は、わかっているのかいないのか微笑んでいる。
(そうか、そういうことだったのね!)
鈍い自分にもほどがある。
否、それ以前にわからないものはわからない。
両想いという
遠いかなたの夢が、ふとした拍子で現実にとびこんできた。
今まで読んできた
恋愛ストーリーの甘い告白シーンとは
全く異なっていた。
現実は甘くなくて、
でも、彼女の場合はリセットボタンだった。
それでも、
告白をしてくれたことになったという事実に、
彼女は気後れしながらも、
しみじみと噛みしめ、喜びに浸った。
なぜ、
気後れしているのか。
彼女は、「自分が幸せになってはいけない」
という気持ちが頭のどこかに必ずあったからだ。
この気持ちは根深い。
[思考は現実化する]と、どこかで知ったが、
この頃の彼女にはその思考が、後々どのような
影響を及ぼすのかを、知らなかった。
彼女は
学生生活とアルバイトに勤しみ、
初デートを心待ちにしていた。
同じく、
夢を追いかけ
アルバイトをする彼から、
映画を観に行かないかという
お誘いメールが届いた。
彼女はリアルに飛び上がった。
初デートのお誘いだ!!
どうしよう!
そして、不安が身体中を駆け巡った。
彼女はその頃
両頬に、青春のシンボル【ニキビ】がたくさん出来ていた。
ニキビが、彼女の自信をさらに失わせていた。
最低限のアルバイトと高校のスクーリング以外は
外に出られない程、悩んでいた。
当然、お洒落するものもなかった。
すぐに姉妹に相談した。
「お姉ちゃん!それって初めてのデートじゃない?」
「私がワンピ貸してあげるよ!!」
「帽子も被っていく?」
姉妹が心配してくれていた。
彼女は、
姉妹の応援と協力を得て
また万全のスタイルでその日を迎えた。
白い帽子に
デニムのミニワンピース
白いカーディガン
カゴバッグ
厚底サンダル
すべて、最先端のスタイルだ。
彼女はニキビにとらわれて、
そのスタイルに似つかわしくないと
自身を思っていた。
嘘でもいいから
開き直るしかないのに
そこまで明るくなれずにいた。
彼に逢うまでは。