通訳をする際/英語を話す際に数字や単語の背景を知ること
今日は通訳と私の過去の失敗についての話です。
大学を卒業し公的機関に通訳官として就職をした頃、通訳スキルのブラッシュアップのために通訳学校にまた通い始めました。
大阪での学生時代にも夜間、通訳学校に通っていたのですが、そこでは私は唯一の学生で、至らなさをよく先生に指摘されていました。大学を卒業してすぐ通訳の仕事に就くのはお勧めしない、なんの分野でもいい、会社に就職して、その分野での業務経験を積まないと、言語だけの、薄っぺらい人、人材になってしまう、とのことでした(これはあくまで私の場合で、もちろん、そうならない人もいると思いますが…)。クラスメイトを見渡すと、総合商社でバリバリ営業している人や、医療機器メーカーで社長秘書を務めている人など、自分の専門性を持ち活躍している人ばかりで、授業での訳だしを見てみると、特に各自の専門分野に近いものなど、出てくるものは原文よりもわかりやすい、ありありと情景が浮かぶ、深みのある言葉ばかりでした。
より若い頃から本格的に英語を勉強したため、ほかのクラスメイトの人に比べておそらく流暢さでは私にアドバンテージがある部分もあったかとは思いますが、仕事において英語を使う、ということを考えると、自分には未熟な部分が多くあり、先生はそういったところを指摘してくださったのだと思います。
さて、社会人になってからの通訳学校の話に戻りますが、(通訳の)専門分野として選ぶなら、現在(当時)仕事で扱っている法律関連のものの他に、カナダに留学していた頃に興味を持ち好きだった、会計(正直にいうと留学時は簿記の基本(あるいは入門)しかさらっていなかったのですが)に関わることがしたいなあ、と思っていました。
そこで、少し短絡的かもしれませんが、見たことがある単語が多く出てきていて、これまで習ったことを直接生かせそうな、都内の通訳学校のIR(インベスターリレーションズ)通訳の講座に通うことにしました。
講座はとても実践的な内容で… ある時、ソフトバンクの決算説明会での孫社長のスピーチを訳す、という課題がありました。いちおう事前にきちんと予習してきていたので、日本語を英語に単語として置き換えるのはそう問題なくできたのですが、私はスピーチの動画を見ながら、
彼が熱弁をふるっている、「すべての事業セグメントでの営業利益の改善」というのはどういうことなんだろう。売上と営業利益の違いはなんとなく授業でやった気がするけど、具体的にはどういう意味を持つことなんだろう。営業キャッシュフローを拡大できたら、何が起こるんだろう。アリババのみなし売却益とは?このスピーチを聞いた人は、ここでどういう印象を受けるんだろう。
などと、ずっと考えていました。そういった問いを持っている時点で、そもそも訳をするレベルに至っていなかったのかもしれませんが…
その後、一連の講座が終わってから、気になっていたことを先生に聞いてみました。単語の置き換えという意味では辛うじて授業についていっている風にしているけれど、実際には話している人の気持ちもわからないし、私の通訳を聞いた人が何を考えるかもわからない。こんな状態は誰のためにもならなさそうだから嫌だけれど、これからどうしていったらいいか分からない。
すると先生は優しく、今私ができていることについてまず褒めてくださり、それから私が感じている課題については先生も感じていたこと(そしてそれは多くの人にも共通していること)、加えて、まだこれからいくらでも勉強していける時間があるということ、訳すことの中身や数字を持つ意味を知っていけるように、ニュースのウェブサイトや、今後読むべき本について教えてくださいました。
また、「意味が分かるように」、という程度のものであれば、そんなに根を詰めて何千時間も勉強をする必要はないし、空いた時間にインプットを習慣化して少しずつさらっていけばいいけれども、もしこの分野がとても好きなのであれば、逆に英語を学びながら会計の業務の専門家として仕事をしてもいいと思う、ということもおっしゃりました。
その後会計士の学校や会計事務所、独立など紆余曲折を経て…いま私は翻訳会社を経営しており、プロジェクトベースでは専門分野の通訳もアレンジすることがありますが、日本語と対象言語(うちの場合はほとんど英語ですが)における、扱っている内容の理解というのはその仕事の成功に、非常に大切なことだと思っていますし、通訳学校の先生方が口を酸っぱくして言われていた背景知識の理解の重要性が今は分かります。
テーマや現場を熟知した、経験豊富な通訳者や翻訳者がコミュニケーションの間に入るかどうかで、ビジネスの進み具合が全く違う、ともお客さんからよく聞きます(こういったビジネスパーソンとして十分にやっていけるような翻訳者や通訳者は慢性的に不足しており、日程をおさえるのに非常に苦労するほどです…)。
企業のお客さんが求めるレベルの専門知識・背景知識は往々にして高いので、誰でも集中して知識をインプットすれば語学のプロフェッショナルとしてすぐ活躍できる、というわけではありませんが、現場のビジネスパーソンが通訳としての役割をこなしたり、英語で折衝を行ったりする場合においても、日本語と対象言語の両方での確かな理解があれば、誤解のない、また血の通ったコミュニケーションを行うことができるというのは確かです。その成果として、望ましいビジネスの結果を得られるとも言えます。
最近ではAIの技術革新による語学学習の必要性について話題になることが多いですが、例えば同時通訳さえ完全にAIに置き換わったとしても(まだ課題は山積しているので、近い将来における実現はそんなに現実的ではないですが)、ビジネスとコミュニケーションに関する知識と経験が豊富で、同席したら必ず交渉が成功する会議通訳…という人がいたら、それはまた別の付加価値を生み出すでしょう。
最後の話は少し余談ですが(言語以外の要素が大きいため)、ビジネス英語のコミュニケーションにおいて、人が言葉として最終的にアウトプットする数字や単語の裏にあるもの、目に見える表層的な言葉の後ろに流れているものを共有できれば、目の前の人ともっと近しく関わり分かり合うことができ、その結果として、実を結ぶビジネスも増えるでしょう。
本ブログでも、そういったビジネスの背景知識を英語でも養う習慣の一助となればと思い、ニュースの日本語での解説記事を配信しています(Twitterではほぼ日刊でニュースの簡易的な和訳と用語を発信しています)。
会計やビジネスの用語を紐解きたい、また、海外ビジネスの際のコミュニケーションのTipsを知りたい、という方へは拙著、ビジネス英語の鬼100則(明日香出版)
もご利用くださいね。それではまた!
☆基本的にnoteと同期させていますが、たまにこちらにしか表示させない記事もありますのでよかったらブログの方もフォローしてください:
数字のストーリーを語る 会計とビジネス英語
さくらリンケージアカデミー