宇宙のごみ問題-スペースデブリ (宇宙と生活①)
「あー、だめだぁ。またこの航路が使用禁止だよう。」
「どうしたんだクレア?」
「地球から月の宇宙港に帰ろうにも、最短のルートが通行止めなんだ。」
「道路も何もない宇宙に通行止めなんて変な話だな。他のルートは通れるんだから、太陽風バーストとかじゃないんだろう?」
「うーん、どうやら不法投棄された廃衛星に何かしらの物体が衝突したみたいね。」
「衝突って交通事故みたいなものか?それに何かしらの物体って、一体何なんだよ。」
「大抵の人工衛星や小天体ならオブジェクトコードが付けられてるから私にも分かるし予測が出来るんだけど、どうやら野良のスペースデブリが当たったみたいね。」
「スペースデブリ?しかも野良のって、どういう事だよ。」
「スペースデブリは宇宙ごみとも呼ばれている物体よ。例えば大昔に打ち上げられたロケットや廃衛星の破片が地球や月の軌道上を超高速で飛び回っているの。」
「それでも小さいんだろう?宇宙ステーションだってホイップルパンパーみたいな高価な防御装甲を丁寧に外壁に敷き詰めてるしさ。高い金払って装備してるんだからそのくらいちゃんと守ってもらわないと。」
「そうは言っても、やはり音速を遥かに超えるスピードで飛ぶ金属の破片を受け止めきるのに今の段階で有効な技術は無いわ。例えるのであれば、機関銃から打ち放たれた銃弾の雨に宇宙ステーションや宇宙船はどこまで持ち堪えられるのか?という話なの。それにソーラーパネルの様などうしても太陽に向かって表面を露出させなければいけないから、いかに無敵の装甲を宇宙ステーションや宇宙船に配備するのと同じくらい、いかに宇宙ごみ(スペースデブリ)を出さないか、処理してゆくかという点がすごく重要なの。」
「因みにそのデブリが衝突すると、実際どうなるんだ?」
「スペースデブリの速度は一説によれば毎秒15kmにも達するわ。時速54,000kmでこっちに向かってしてくるのよ。」
「時速54,000km!?マジかよ。」
「新幹線が時速300km、リニアモーターカーが500km、拳銃の弾速が大体1,000kmだから、ネジ一本飛んで来ただけでも破壊力は銃弾とは比較にならないわ。」
「廃衛星サイズのものが飛んで来たら大惨事では済まないだろうな。」
「デブリからステーションなどを守るために装備されているホイップルバンパーは10cmほどの隙間を開けて金属板を配置したミルフィーユみたいな構造の防護壁なの。それでも、あくまで保険の様なものなの。リコちゃんの言う様に、廃衛星の様な大きなサイズの物体が飛んで来たら、とてもじゃないけれど受け止め切ることは出来ないわね。でも問題は、それだけではとどまらないの。」
「それだけではとどまらない?」
「ケスラーシンドロームよ。」
「消しかすサイクロトロン?」
「違うわよ、ケスラーシンドローム。」
「シンドロームって日本語訳すると確か”症候群”だろ?人の病気と宇宙ごみに一体何の関係があるんだよ。」
「ケスラーシンドロームは一個のデブリが何かべちの人工天体にぶつかると、それが多くの破片・つまりデブリを再生産する現象の事を指すの。一個のデブリから何百倍、そしてそれら生み出された新たなデブリが再び互いに衝突して更に何百倍と猛烈なねずみ算式にデブリが勝手に増殖してゆく現象なのよ。」
「アホみたいなスピードで飛ぶ金属片が増殖するなんて、バグってんなおい。」
「まるでがん細胞の様にデブリ(宇宙ごみ)が増殖し、それが宇宙開発や産業、人々の生活に重大な影響をもたらす事から、社会の病(シンドローム)的な位置付けなのかもしれないわね。」
「でも普通に月面でも地球でも重力のある所でおもちゃ箱をぶちまけたなら片付ければ良いけれどさ、例えば月や地球の衛星軌道上でそんな事が起きたら無重力で空気もないから減速しないで、アホみたいなスピードの無数の金属片が軌道上を延々と回り続けるんじゃないのか?」
「それもケスラーシンドロームの大きな問題点なの。生み出された大量のデブリは無限に増殖して、かつ軌道上に残り続ける。これが人々のそのエリアの活用を阻む上に、月や外界への進出手段を失うことにもなりかねない重大な問題なの。」
「まぁ地球にいる連中は防護服無しでも外を走り回れる快適な環境が保証されてるんだろうけれどよ、私みたいな月面生まれで地球の高重力に耐えれない人にとっちゃぁ地球からの物資や連絡手段がなくなるのは死活問題だぞ。」
「そうね。そもそも地球ももはや宇宙空間の活用無しには今の現代生活を維持し続ける事は困難だわ。携帯電話に天気予報、GPS、インターネット。これらは人工衛星の協力なしには今や実現は困難だし、もし無くなった場合多くの産業に壊滅的なダメージを与えるわ。」
「そんな大袈裟なぁ、地球人なら空気もそのまま飲める水もあるし、畑でも作れば食べ物も作れるわんだろ?私から見ればパラダイスに見えるんだがな。」
「物事はそう単純じゃないの。グローバル社会と言われる昨今、多くの製品は一カ国では出来ず様々な国の製造ラインで作られたものを集めて組み立ててるの。その情報のやりとりや連携をするためのネット環境がなくなったら車や造船、多くの製品は世界同時多発的に機能が停止するわ。でもそれだけじゃない、今ではパソコンに記録されたデータなどもクラウド化されてそのパソコンじゃなくてどこかのサーバーにストックされさている事もしばしばよ。そしてサーバーにアクセスするためにはやはりインターネット環境が必要なの。漁船がお魚を取りに行くにも、農業をする際な台風対策をするにも人工衛星はなくてはならない存在なのよ。」
「ケスラーシンドロームがやばいっていうのは分かったんだけどさ、それをどうやって止めるんだよ?」
「それはゴミの排出基準の策定と徹底、それとケスラーシンドロームを引き起こしそうな廃衛星のお片付けに、今ある衛星や人工天体、シャトルやロケットが衝突しない様に安心して運航出来る世界標準の管制システムの確立と運用ね。」
「難しそうな問題だなぁ」
「軌道のデブリからの安全確保の重要性について話したけれど、やっぱり最後に行き着くのはポリティカルな調整になるのよね。」
「月面や宇宙ステーションで生活する人々や宇宙開発に携わる地球のみんなも。ちょっとでも機材や壁が壊れたら一瞬で死んじゃう様な極限環境の中で頑張ってるから、平和裡に解決してほしいよな。切実に」
「私もそう思うわ。それじゃぁデブリに関するお話は今日はここまで!またこれからも宇宙と生活に関するシリーズについてもアップしていくわね。」
「またなー」