【総選挙ルポ】たった一人で戦った26歳無所属候補の挑戦と挫折
10月9日解散、15日公示、27日投開票と戦後最短で進められた衆議院議員総選挙。その結果、自民・公明が過半数を割り、立憲民主党が議席を大幅に伸ばす展開に。だが、短い選挙戦のなかで大政党の候補者よりも、さらに厳しい状況で戦わなければならなかったのが無所属の新人たちだった。今回は、そんな状況の中で孤軍奮闘した一人の候補者、石倉弘次郎氏を通して、その戦いの一端を追う。
孤独な候補者との出会いまで
選挙戦終盤のある昼下がり、私は中野区・沼袋駅から新井薬師、その後野方、次に都立家政、また野方方面、そして中野駅方面と自転車を走らせ、一人の候補者を探し続けていた。
その候補者の名前は石倉弘次郎氏。26歳の無所属、今回東京27区から出馬した新人候補だ。選挙期間中、自転車で街中を走り回り、ほぼ独りであいさつ周りを行うというスタイルで、自身のYouTubeでその様子を配信していた。
ところが、いざ彼の取材を試みようとしても連絡がつかない。スケジュールの問い合わせに返ってきたのは「選挙活動をすべて一人で行っているため、スケジュールを公表できない」というもの。
リアルタイムでの居場所確認はYouTube配信を頼るよう言われたが、突き止めようにも彼は常に自転車で動き続けている。「走っていればどこかで会えるかな……?」そんな淡い期待を胸に、私も中野区の住宅街を走り回りながら彼を探したが、見つけるのは困難を極めた。やっと彼をつかまえたのは走り続けて4時間後、夕方5時の中野駅前だった。
選挙戦を切り上げ、タスキを外してこれから帰るという彼の姿はどこから見ても普通のサラリーマン。今年の9月まで会社員だったという彼は、帰路につく大勢の駅客のなかに紛れると、溶け込んで分からなくなるほどだった。
「もともと20代のうちに何かに挑戦したいという気持ちが強かったんですが、どうせやるなら大きなことをやってやろう、世の中を変えてやろう、そんな気持ちから衆議院議員選挙に立候補しようと決めました」
なぜ一人で選挙に挑むのか?素朴な疑問を彼にぶつけたところ、返ってきた答えは「自分の力を見極めたい」という、若者らしいものであった。とはいえ、この挑戦は無謀とさえ思えるもので、スケジュールが公開されず応援も集まりにくい。サポーター不在で街頭演説も自由にできず、明らかに他の候補者より自分の主張を明示する機会が少ない。彼はまるで自らを追い込んでいるようにも見えた。
「妻以外すべての家族に大反対されて挑んでいるんです。ここで一人でやりきっているところをぜひ家族にも見てほしい」
そう言って笑っていたが、本当に当選するつもりで臨んでいるのだろうか。
「もちろんです。一人で戦うことを決めてから、緻密な計算の上にこの27区で勝負することを選びました。中野区は平坦な道が多く住宅街が密集しているから、車より自転車のほうが隅々まで回れて有利です。また、この区は20~30代の若い人の比率が高いので私のような若者が共感を得やすいのでは、そう考えました」
一人での選挙戦と限られた予算
衆議院選出馬に必要な供託金300万円は、石倉氏が会社員として貯めた600万円から出したもの。6月には結婚し、今後の生活も見据えなければならないなか、彼は経費を抑えて選挙戦を挑む道を選んだ。
「潤沢に資金があるわけでもないので、なるべく切り詰められるところは切り詰めました。幸い体力はあるので食事を抜いたり食パンだけ、お茶だけでも自転車はこげますから」
それでも選挙活動となるとそれなりにお金はかかった。例えば選挙用の写真撮影に約4万円、ポスターの印刷は1000枚刷って約15万円、さらにスピーカーとマイク、遊説用の自転車、動画配信用の自撮り棒など選挙で必要なものを買いそろえて、合計40万円ほどの経費をかけた。そして、選挙用のホームページは自分でつくり、無料の素材を使って何とかそれらしくしたとのことだ。
また、想定外の出費としてはなにがあったか、聞いてみたところ、急遽テプラ―を買ったとのこと。どういうことだろう。
「選挙ポスター掲示用の掲示板に貼るポスターはいろいろな規定があるらしいのですが、『個人演説会』の日時と場所というワードを書かないといけないと指摘されたんです。これは私の知識不足でしたが、やられました」
1000枚のポスターすべてにテプラ―でその文言を付け加えたため、すごい労力だったそうだ(因みに選管に確認したところ、その「個人演説会の場所と日時」については特に書かなければいけないという規定はないとの回答だった)。
ポスター433カ所の掲示も全て一人で行った。選挙活動を手伝いたいと申し出てくれる人もいたが「YouTube配信を拡散してくれる方がありがたい」と断り、自らの選挙戦を貫いた。頑固とも言えるその姿勢に、彼の一貫したポリシーが見え隠れする。
26歳の訴え 年齢制限のない選挙権と国土保全
選挙戦最終日の夜、演説が極端に少ない選挙ではあったが、かつてアナウンサーを目指していたという石倉氏は、最後に堂々とした街頭演説を披露した。
石倉氏は選挙戦を通じ、特に「外国人による土地売買の制限」や「核兵器の無力化」などの問題によく言及した。特筆すべきは「年齢制限のない選挙権」という主張だ。「起こってほしくはないけど、もし戦争が起こったら、最前線で戦わされるのは若者です。未来を決めることに彼らが意見を言えないのは不安です」と話し、若者が自らの未来について決断できる権利を訴えた。
「もちろん反対意見もあるはず。だけど、議論するのが重要だと考えています」
今回の選挙戦、大きな政党や多くの支援者がいる候補者の街頭演説は見る機会に恵まれた。しかし、彼のような個人候補者は、どうしても場所取りの確約が難しかったり時間の制約があったりで、結局演説を諦めてしまうことが多かった。無所属で1人で闘っている候補者は全国にまだたくさんいる。そんな彼らが戦いやすい選挙環境が整うことを願わずにはいられなかった。
選挙結果と未来への決意
10月28日夜、東京27区は立憲民主党の長妻昭氏が当選し、石倉氏は10,542票で最下位、供託金も没収が決まった。
選挙戦2日後、彼に話を聞いた。落ち込んでいるかもしれない、そう覚悟していたものの思いのほか彼の表情は明るかった。
「一人も知り合いのいない場所で1万票いただけたことに感謝しています」と話した。
「昨日は夕方まで『ゼルダの伝説』やってました(笑)。本当は会計処理とかやらないといけないことはたくさんあるんですけど、気が抜けちゃったんですかね」
選挙が終わってそう話す彼は、一候補者の顔から一人の青年の表情に代わっていた。
今後の活動についてはまだ未定だが、石倉氏は「新しい挑戦をし続けたい。自分にしかできない何かを見つけるため、次の一歩をじっくり考えたい」と語った。26歳、孤独な挑戦の先にある未来を、今後も彼の成長を楽しみにしたい。
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