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しぜんのかがくep.61(10/18)地域の伝承と防災〜阿倍晴明神社と蝮が池、今池地蔵


しぜんのかがくep.20でもマイクロツーリズムの防災街歩きについてお知らせしましたが、今回は私もぶらっと防災街歩きをしてみました。2時間の街歩きですが、地名と神社、おまけに防災も学べちゃう、(運動にもなる?)というお得な街歩き。
その楽しみ方を皆様にお伝えします。

まず地名に注目してみます。まず街を歩いていると面白い地名、なぜ?という地名に遭遇します。
例えば、東京の池袋(いけぶくろ)。なぜこのような地名なのでしょうか?
袋という字は河川が大きく蛇行して広くなっている場所。今でも過去河川があった場所は浸水しやすい場所でもあります。洪水の際は遊水池として水を溜めておいた場所であったそうです。
名古屋にも、吹上(ふきあげ)という地名がありますね。縄文時代(縄文海進のころ)はこの近くまで海でした。海が近かったので、砂が吹き上げた所。吹上は標高15mくらいありますが、西側の鶴舞公園は標高6mくらい と低い。(大須の浪越(那古野山)公園も遠い昔に波が越えた所と思われる。)
地名には過去の土地の成り立ちや災害リスクが示されていることが多いです。今回は、「池下」、「今池」という「池」が地名につく場所に注目して歩いてみました。

「池」の字がつくように、この地は昔はため池が多かった場所です。
ため池は、江戸時代以前から昭和初期までに、河川から離れた場所で、農業用水を確保するために水を貯えるため、人工的に造られた池です。現在でも全国には小さな池も含めて約15万箇所(令和5年農林水産省)もあります。ただ、現在農業が行われていない都市では、埋め立てられている場所も多くあります。

蝮ヶ池八幡宮

まず蝮(まむし)という名前が入っているので、蝮がいた池があったのかな?と想像できます。名古屋城築城(1610年)後、この地域にかつて名古屋新田(田んぼや畑)があり、農業用水として多くの池が作られました。その一つですね。東西220メートル、南北に110メートル(24,200㎡)もある大きな池がありました。
この池は江戸時代前期ごろ(1658年から1661年ごろ)に人工的に作られ、その頃夏にはマムシが群がっていた池だったそうです。

マムシは、水辺を好み、河川、池沼、水田などで多く確認される身近にいる毒蛇です。夏は繁殖期なのでたくさん出てきたのかもしれませんね。トグロを巻いてじっとしていることが多く、誤って踏んでしまうと噛まれることもあり危険です!年間10名ほど亡くなっています。

ニホンマムシ wikipedia 45〜65センチ

本殿の中には、かつてあった池の絵が飾られています。池の周りは樹木で覆われ鬱蒼とした雰囲気です。毎年10月ごろには地域で祭りが行われています。

本殿の境内には、水の神様である龍神水明神が祀られており、手水舎には龍もいました。

龍神社

左の地図は明治時代(1888〜1889年)

蝮ケ池は、大正10年(1921年)に耕地整理のために埋め立てられました。
蝮ケ池のすぐそば、住宅の横の道の一角に龍神社があります。

埋め立て工事中に工事関係者の事故があり、工事責任者が三日三晩うなされることがあったそうです。そこで、水の神である龍神様を池のそばに祭ったと伝わっています。水に縁のある弁天社も併せて祀られています。

そして、神社の人からさらに近所に謎の弁天社があると聞き、探してみてきました。場所は内緒にしておきますが、駐車場の片隅に突然現れた神社をみつけられたときは嬉しく思いました。

安倍晴明神社

安倍晴明神社というと、京都が有名ですね。安倍晴明の屋敷跡に晴明神社があります。
安倍晴明は大河ドラマ「光る君へ」でも登場していた陰陽師でもあり、天文学者ですね。災害(暴風や地震など)、感染症、飢饉(旱魃)など、安倍晴明が生きていた時代(平安時代)に災害が起こると祭りごとによる祈祷によって災いを納める儀式が行われていました。

名古屋の清明神社はこの地に清明が在住していたという記録が残っているようです。(『千種区の歴史』p.48によると、「寛和三年(九八七)、新政権の交替によって清明は流罪になったといわれ、六十七歳の老年で尾張国狩津荘上野邑に来た。上野には、二、三年在住したといわれ、再び京都に戻った。」とあります。)

晴明神社は晴明の住居跡で、安永七年(1778年)、晴明の神霊を勧請して建立されました(『千種区の歴史』p.47)。晴明が住んでいた当時、この地は湿地帯が多くてマムシやヘビの被害がひどく、安倍晴明が呪術をもって蝮を封じ、村人を救ったという言い伝えが残っているとのことです。

晴明が手掛けた蝮や蛇は一時的にいなくなったようですが、千種の地にため池ができてからまた増え、安永戌年7月(1778年)に晴明を祀(まつ)る塚とほこらを建てたところ、途端にマムシはいなくなったそうです。
蝮がいた場所は先ほど紹介した蝮ヶ池かもしれませんね。

千種区にある上野天満宮や晴明神社と安倍晴明の関係を知りたい。 | レファレンス協同データベース (ndl.go.jp)

この近くにある、上野八幡宮も行ってみましょう。安倍晴明が名古屋に住んだとき、菅原道真公を慕ってその御神霊(ごしんれい)をお祭りされたのが上野天満宮の起源だそうです。

菅原道真のおみくじがたくさん並んでる。

合格祈願 厄祓 人形供養|名古屋天神 上野天満宮 (tenman.or.jp)

今池地蔵

蝮が池の近くに、「今池」という場所があります。ここにも昔ため池がありました。
この場所に行くと、道路の交差点に「馬のオブジェ」があります。

いつも通る道でまったく気にしていなかったのですが、この地に伝わる物語に関連があるそうです。

「池では年中馬を洗っとってな。馬池といったくりゃあで、そばを通る街道は馬がよう通ったわなも。この池で、明治のしみゃあごろ8人の子どもが死んでなも。いなみの堤防脇にお地蔵さんを建てて供養したんだぜえも。(千種市史より、昔話と伝説)」

江戸時代はこの辺りの新田を、名古屋の伝馬(てんま)用の飼料田に当てられていて、 新田を「馬方新田」といい、池は「馬池」といいました。伝馬とは、人を運んだり貨物輸送をしていた馬です。
馬池の広さは、先ほどの蝮池と同じくらい(6000坪19834.71㎡)の溜池で、伝馬用の馬をこの池で水遊びさせていたことからも馬池といわれるようになりました。そして、馬池は、大正時代に耕地整理のため埋め立てられています。
「馬池」と呼んでいたのが、いつしかなまって「今池」となったそうです。
(※馬池近くの高牟(たかむ)神社のあたりに清泉(せいせん、いずみ)が湧き出ていたからという説もあるとか。イ(井)・マ(間)・イ(井)・ケ(処))

この今池があった場所は今は学校があり、
その池のほとりには、先ほどの悲しい物語の霊を鎮めるための地蔵が明治44年に建立され、今でも見ることができます。

このように、ため池は古くからあるため、昔話や伝説も多く残っており、大切な池の水を守るため、信仰の対象として水神様、龍神様等を祀っている池も多く、その場所を中心に地域の祭りを行っていることも多いです。

左の地図は明治時代(1888〜1889年)真ん中にため池がある。

地域の文化を育むことと、池の安全を願うと共に災害リスクについても後世に伝える役割があるのだと思います。
ため池100選という地域活性化の核となって保全活用されているため池を農林水産省が示していますので、以下リンクも参考にご覧ください。

https://www.maff.go.jp/j/nousin/bousai/bousai_saigai/b_tameike/attach/pdf/index-142.pdf

ため池ハザードマップ

ため池は人工的に作られていますが、どのような場所にできるのでしょうか?それには地形が関わっています。
丘陵地が長い時間をかけて侵食された「谷戸」と呼ばれる地形があります。
谷のある土地には水がたまる場所があり、江戸時代にはそこに農業用水の確保をするためにため池をつくったんですね。元々水が溜まりやすい場所だったので、現在は、例えば埋め立てられていたとしても、洪水や内水氾濫が起こりやすい場所でもあります。

また、ため池から池の水があふれて災害が起こることもあります。
2018年の西日本豪雨では広島県福山市の「農業用ため池」の決壊により、3歳の女の子が亡くなるという被害もありました。
NHKの調査によると、命に関わるおそれのあるため池は全国に55,000か所もあり、毎年どこかでため池による災害が引き起こされています。
農業用ため池の決壊事故 西日本豪雨で失われた3歳の命 全国の危険性と対策は - NHK

近年「農業用ため池の管理及び保全に関する法律(平成31年法律第17号)」ができて、ため池の適正な管理及び保全が行われる体制を整備することで、ため池による災害を防ぐ取り組みが行われています。

農業用ため池の管理及び保全に関する法律(平成31年法律第17号)について

ため池の管理はその土地の所有の権利の問題、自治体の予算の関係でうまく進んでいるとは言えない状況です。

そのため、あらかじめ危険なため池については、「ため池ハザードマップ」を作成し、豪雨や地震による堤の破壊による影響(浸水の範囲や深さ、避難場所などの情報)について示されています。

農林水産省 ため池ハザードマップの手引き
https://www.maff.go.jp/j/nousin/bousai/bousai_saigai/b_tameike/pdf/tameike_manual_1rev.pdf

カフェでひと休み

たくさん歩いたあとはカフェで一休み。せっかくなら防災テーマで締めたいですね。
今回は、カフェで「噴火カヌレ」をいただきました。
カヌレに生クリームがこんもり。本当は銀色のアラザンが噴石として乗っているそうです。
この噴煙は白いので、水蒸気噴火かなぁ。ストロンボリ式噴火?生クリームに炭を混ぜたらよりリアルさを増すなぁ。溶岩流としていちごジャムも混ぜて赤色にして流してみてもいいなぁ。火山灰はココアパウダー?とか、火山礫はチョコクランチ?アレンジすれば自分でもカヌレ買って楽しめそうだなぁと思いました。

そして、ブルカノ式噴火カヌレのマグマ添え(いちごジャム風味)を自分で作ってみた。

防災ひとこと

地名から知る、街歩きから知る 防災
今回は「池」に注目しましたが、例えば「牛」という字が入っている地名は、(「憂し」憂鬱の時ですね。)不安定な土地を意味します。地滑り崩壊地や洪水氾濫地など水に関する災害が起こりやすい場所になります。
例えば、東京の牛込、牛田、名古屋では牛巻という場所は大蛇と絡んでいて、洪水ハザードマップを見ても浸水する場所になります(昔河川があった場所)。
調べていくとまた楽しみがひろがります。

最近はこのポットキャストも「しぜんのかがく」から「れきしのかがく」になってきていますが、歴史から自然災害を見ると現在の2次元の見方だけでなく、過去未来の時間軸での見方が加わり、想像の幅がが出てより楽しめますよ♪

⭐️Podcast本編はこちら↓宜しければお聴きください♪
神田沙織 がりれでぃ スピンオフ
ナチュラル・サイエンス・ラボ
しぜんのかがく


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