正常性バイアスのかかった自分を信じない
あけましておめでとうございます。
2023年も、なんというか本当に大変な1年でした。
前半は、統一地方選のために走り回り、とても楽しく充実した日々を過ごしていたのだけど、その疲れが取れないままに突入した後半。
PTA改革の波に巻き込まれ、びっくりするようなハラスメントを受け続け、もう本当に、平常心を保つので精一杯、という日々でした。
あれ?私がよくないの?私が間違ってる?
それとも、これはひどいハラスメント?
その間を行ったり来たりで、自分の感覚が信じられない。
人に話を聞いてもらっても、それは私のフィルターを通った話なわけで。
事実を集めたつもりでも、それは私に都合のいい事実のみなんじゃないか、と思ったり。
いやでも、やっぱりおかしいよね?
いや、そんなことないか。大丈夫だよね?
そんな状態を、私含めて数人が受け止め続けていたら、
精神的な負担が大き過ぎて、日常生活がままならないほどに疲弊し、
家族からの強制ストップで活動を離れるという人が、複数出てしまい。
その段階で、あぁこれはもう本当にダメなやつだった、と腹が据わり、
コミュニケーション手段を一部封鎖して、一応落ち着き、
なんとか年末を迎えることができました。
あぁ、本当はわかっていたはずなのに。
嫌というほど、傷付いているというのに。
対処が遅れてしまった。
「これは、そんなにおかしい状況ではない。
もう少しすれば落ち着くはず。こうすればおさまるはず。
大丈夫。大丈夫。大丈夫。」
と、事態を小さく捉えようとしてしまった。
多分、正常性バイアスが作動してしまっていた。
◆
大学時代、アパートの3軒隣の部屋が火事を起こしたことがある。
明け方に、変な臭いがして目が覚める。
部屋のまわりをバタバタと走る足音が聞こえる。
寝ぼけながらカーテンの外を見たら、消防車が停まっている。
向かいのアパートの窓に、赤く光る炎が映って見える。
あ、火事か。なるほど。
寝ぼけながら、そう思った。
そして、しばらくそのままボーッと火事の様子を眺めて、ある程度おさまったところで、寝た。
翌日、近くに住んでる友人に、
「れいこのアパートが火事だ!ってなって駆けつけてさ。でも、出て来なかったから、いないんだと思った。まさかあんな燃えてるアパートの中にいたなんて思わなかったよ。」
と愕然とされた。
火事を起こした部屋の人も、後日訪ねてきて、
「起きたら自分の部屋が火事になってて、もう消化器でも無理だってなったんで、全部屋をノックして回って、逃げてくださいって伝えたんです。」
と言われた。
その声には気付かず、火事には気付いたけど部屋の中で寝てたと言ったら、絶句された。
部屋にとどまって寝た時の判断は、今でもよく覚えている。
・消防車が来ているから大丈夫。
・その部屋と自分の部屋の間にある階段を、みんながバタバタと走ってるから大丈夫。
・このアパート木造じゃないし大丈夫。
・最悪、2階だから飛び降りれば大丈夫。
・出ろって言われてないし大丈夫。
・というか、なんかもう出る人はみんな外に出てるっぽくて、今さら出にくいし。
・もしかしたら、外に出たほうが危ないかもしれないよね。
・ちょっと火も消えてきたっぽいし、もう大丈夫。
今になれば、これが正常性バイアスによる間違った判断だという事がわかる。
大丈夫なわけがない。
何軒隣の部屋なのかもわかってない。
ガス的な何かに引火して爆発したっておかしくない。
その時は、たまたま大丈夫だっただけ。
それでも、あの日の私は動かなかった。
動けなかった。
正常性バイアスを信じてしまった。
◆
2024年の年が明けて、驚くような事が続いている。
いや、もうここ何年もずっと、驚くような事ばかり続いている。
そのたびに、身体がキュッと固くなって動けなくなりながら、事態をできるだけ小さく受け止めようとしている自分に気が付く。
大丈夫、これはよくあることだから。
そんなひどいことにはならないから。
大丈夫。大丈夫。大丈夫。
この、
非常事態を大した事ないと思いたがり、
心のバランスを取ろうとする脳の働きのことを、
「正常性バイアス」と呼ぶんだと知ってから、
私は、非常時の自分の脳を信じない事にしている。
◆
普段から、わりと何でも受け入れるタイプの人間だと思う。
「そういう事もあるよね。」
「そういう人もいるよね。」
でも、それはいつも小さいことで心が驚いていて、その驚いた心を落ち着かせるために、正常性バイアスを働かせているからだとも思っている。
傷付きたくない自分を守るため?
傷付いた自分の心を守るため?
実際のところは、心はいつも激しく動いていて、
いつも、バランスを取るのに必死になっているのに。
だからこそ、大きな事が起きた時は、
事実を小さく受け止めすぎてないか、気を付けるようにしている。
そして、心が大きく動いている自分を、忘れないようにもしている。
大丈夫だって思ってるけど、たぶん大丈夫じゃないから。
大丈夫だって思ってるけど、たぶん逃げた方がいいから。
大丈夫だって思ってるけど、たぶん蓋をしているだけだから。
正常性バイアスが作動しやすい自分だと自覚しているからこそ、
そうやって、正常性バイアスの影響を減らすようにしている。
◆
そして、少し落ち着いたら、少しずつ蓋を開けてみる。
本当はね。
少しでも恐怖を感じたのなら、いつだって私は逃げていい。
大げさなくらいに怖いって思ってもいい。不安になったっていい。
今からだって、いつからだって、逃げてもいいんだよ。
と、何度も何度も自分に言い聞かせる。
火事で逃げれなかった私も、
ハラスメントから逃げれなかった私も、
「今さらだけど、逃げてもいいのかな?」と聞けたら、
もしかしたら、もっと早く逃げることができたのかなと思う。
今は、この瞬間は、私は安全な場所にいるけれど、
またいつ危険な状態になるか、わからない。
だからこそ、私は、
「正常性バイアスのかかった自分を信じない」と、心に決めている。
どうぞ皆さま、
今年も無理せず、
生き抜いていきましょう。
大丈夫じゃなくて、いいから。
大丈夫じゃなくて、大丈夫だから。
今年もよろしくお願いいたします。