♯小説30 行く場のない感情
宛てもなくただ歩いてここまで来たが、今はなんとなく家に帰る方向へ歩いていた。
祥子は何か考えているようだった。
何か誠一に話したとしても、大して考えず話しているような感じだった。
その時、誠一のスマホが鳴った。
誠一が鞄からスマホを取ると、画面には、横山の名前が表示されていた。
誠一は電話には出ずに、スマホを鞄に戻した。
スマホは誠一の鞄の中で不自然になり続けている。
祥子が電話に出るように促す。
電話の相手が誰かと言うことには気づいていないようだった。
誠一はしぶしぶ電話に出た。
隣には祥子がいる。
ただでさえ電話をする気分ではないのに、こんな状況で電話をしたくなかった。
しかもそれが横山からの電話なら尚更だった。
でも横山は相変わらず一方的に話してきた。
「電話だと話しにくいんで、今日会えませんか?」
誠一はいずれ話を聞きたいとは思っていたが、今は横山と話したくなかった。
誠一は必要以上に喋りたくなかったから、相槌を打つだけにしたかったが、さすがに「今日」は否定しなければならないと思った。
とくにこの後用事はなかったが、今日は横山に会いたくない。
「明日は?」
「まあ、急でしたね。すいません。明日で大丈夫です。時間は仕事が終わったらまた連絡ください」
誠一はそれで電話が終わるかと思っていた。
でも横山は何か重要なことを言おうか言わまいか迷っているようだった。
わずかな間だったが、そこに横山の意志が感じられた。
「それとあんまり電話では言いたくなかったんですが、これだけは先にお伝えしておきます」
誠一は何となく聞きたくなかったが、誠一が拒む前に、横山は話していた。
「サチは、やっぱり祥子さんです」
誠一は後悔していた。
言葉より先に感情が出た。
この男はどうしていつも腹を立たせるんだ?
でも誠一が何か言う前に、横山は電話を終わらせた。
誠一の耳には電話の話中音がするだけだった。
どこに行く宛てのないこの感情は誰に向ければいいのか。
誠一は聞きたくないことを押し付けた横山に怒りを抱いていた。
横山の言うことは事実ではないと分かっていた。
でもなぜそんな事実をわざわざ知らせてくるのか。
その横山の身勝手な行動に苛立っていた。
祥子を見た。
胸がざわざわする。
もうさっきまでここにいた祥子ではなかった。
誠一は横山が腹立たしかった。
スマホを開き、横山にラインを送った。
「今日で大丈夫です。時間の都合はいかがでしょうか?」
誠一はあんなに腹が立っていたのに、文章は落ち着いて見えるのが不思議だと思った。