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◆「どうしますか?」という質問の重さ

困っている人がいたら、「どうしますか?」と尋ねる。
「どうしますか?」という問いは、相手の意思を尊重するものだ。
「あなたの困りごとは、こうすれば解決できる」など、
相手が置かれている状況や抱えている問題を勝手に解釈して、自分の意見を押し付けることはすべきではない。そう思っていた。
しかし、こういう姿勢では、深刻な問題を抱えて困っている人を助けることにはならないかもしれない。
「どうしますか?」は、とても困っている人にとって、「重い」問いである。

この本を読んで、気が付かされた。

「その島のひとたちは、ひとの話をきかない」は、精神科医の森川すいめいさんが、日本国内で「自殺希少地域」とされている場所を尋ねて、気が付いたことをまとめたエッセイだ。

著者が訪れた「自殺希少地域」は観光地ではなく、公共交通の便が悪い田舎だ。そうした地域をいくつか尋ねて、お手洗いを借りたり、食事ができる場所を教えてもらったりしながら、その土地の住人や商店、行政の人などと話をし、そこから感じたものを綴っている。
「生きやすさ」がある地域とは、どういう地域なのか?
特に人と人とのつながりがどうなっているのか?
困っている人が孤立しないように、どのような仕組みがあるのか?
著者が旅の中で気が付いたことを挙げている。

「どうしますか?」という問いについて、著者は、日頃取り組んでいる支援活動を振り返って、次のように書いている。

ひとの支援をするときに、上手な支援者と、もう一工夫したほうがよいと感じる支援者
がいる。(中略)
あまり支援に慣れていない支援者は、「どうしますか?」と聞いてしまう。
もちろん、聞かなければ分からないことが多いのだが、どうしますか?と聞かれると、支援を受ける側は躊躇してしまう。
現実的には助けが必要なのだが、相手に迷惑をかけてまで助かりたいとは思わない。迷惑なのかどうかをいつも考えてしまう。
支援を受けることは正当なことだとどうどうと伝えなくてはならない。
互いに助け合うのが当たり前なのだとどうどうと伝えなければならない。
それでも嫌だというのならば、それは本人の本物の意思だ。
駆け引きのない意思だと分かる。
そうしたらまた別のことを考えたらいい。
対話を続けるのである。

「その島のひとたちは、ひとの話をきかない」より

著者は、意思決定を相手任せにせず、相手がどうしたら困っていることを解決できるのかを考えて提案することが大事だと指摘する。
対話を続ける。つきあい続ける。
支援をする人のそうした姿勢が支援を受ける人に伝わると、うまくいくという。

本当に困っている人に、「どうしますか?」と尋ねる問いは、
時と場合によっては、「どうしたいのか、あなたが決めて」と言っていることになるかもしれない。

支援する・支援される関係のつくり方、
人と人のつながりの工夫について、改めて、考えさせられる1冊。

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