この数ヶ月は忙しかった。いろんな人に会ったり、いろんな場所に行ったり。でも、私は遠く離れた場所に来たせいで(決めたのは自分でもあるわけだけど…)自分自身が会いたいと思う人たちとは昔のように簡単に会えない… 彼の関係で初めて会う人や彼の過去に纏わる人。そして、そういった場所ばかり。覚悟はしていたものの、相当なストレスが溜まっていた。溜まり続けていた… 体重は落ちるばかりに… 極限まで過多なストレスが到達した瞬間、心は悲鳴を上げるのと同時に何より自分自身を守るようにとシフ
とても静かだ。久しぶりに独りの時間を楽しんでいる。一冊の本を読み終え、雨が上がったので近くの公園まで散歩した。湿気と気温が高く、Tシャツ一枚で十分だった。途中何度か深呼吸しながら、言葉にする。"思えば遠くに来たもんだ…"。 見知らぬ土地、慣れない言葉。慣習やしきたり。いつになったら、慣れるのだろう?無理に慣れる必要はなく、むしろ慣れないままでもいいのかもしれない。たまたま"今はここに居る"だけかもしれないし。数年経ったらここもまた通過点の一つになっているのかもしれないし。
日本語で「イキそう!」「イク!」とか言うのって、あっちでは「Coming!」「I'm coming!」なんだ。いざ言葉にするとなると、慣れてないと難しい。Go!じゃないから。 「気持ちイイ!」は「It feels so good.」。「あ…」「いやぁん…」とかは、たぶん「Oh…」「yeah…」って言っててもだいたいは似てるからいいんじゃないかな。 度重なる連絡が入っても私はずっとやんわりと断っていた。この数年、そいつとは何回か会ったけど惹かれなかったから。心が動くこともな
遠距離恋愛って、日常じゃないから続くんだと思う。続かない人もいるかもしれないけど。続くという言葉を使わないとしたら、"熱かったり優しかったり惹かれあったままの状態を維持できる"。少なくとも私は。 遠距離恋愛のゴールが日常になるということは、その2人が望んでいた目標を達成したはずなのに。そんな日常にも愛しいなって感じる時間は確かに存在するのだけど… 旅もまた日常ではない。ドキドキしたりワクワクしたり。 面白いことが起きた。 私は帰国して、そいつは一旦ロサンゼルスに戻り
父親は「麗華」と私に名前を付けるつもりだった。母親側の親戚から反対されて1文字変えたらしい。母親側の親戚の戒名と被るから縁起が悪いというのが反対された理由だと、私は幼い頃から何度も聞いた。 生い立ちに関してはまた改めて書くつもり。両親からのDVや虐待に関して… そんな私は10代に家を出て、20代には両親を亡くした。独りで生きるということは、とても大変なことだった。ただ悲劇のヒロインだなんて過去を振り返っても一度も思ったことはない。 しかし、トラウマは消えないということ。心