日本企業の海外株式公開戦略:流動性、監査、そして成長への挑戦 Necromancer Report
今年も11月に入り、米国系金融機関の大半が11月を決算期としているため、年末モードに移行しつつある。
本年の日本企業による米国上場は、7月のTOYOと9月のSBCによる
(共に)SPAC合併の2件にとどまっている。
Abalance[3856]:当社子会社 TOYO Co の米国ナスダック上場に関するお知らせ 2024年7月3日(適時開示) :日経会社情報DIGITAL:日本経済新聞
ニューヨーク証券取引所(NYSE)においてNasdaqCMと競合する小規模企業向け市場である
NYSE American(NasdaqCMよりも上場基準が厳格)では、
Ginza Sushi Onodera(ONDR)がファイリングを完了し、
高級すし「銀座おのでら」米国上場へ 出店資金を調達 - 日本経済新聞
その他の多くの企業が(ファイリングにも至らず)上場準備中である。
例年に比べ、IPO待機リストの企業数が顕著に増加している。
ちなみに、監査報告書の有効期限は、IFRSおよびUS GAAPともに発行後6ヶ月が基本であるが、取引所ごとに若干の違いがある。
この期限内に上場手続きを完了できない場合、新たな監査報告書が必要となり、追加コストが発生する。
この点は日本の上場でも同様であるが、米国では自己責任の原則が徹底されている。
そのため、日本と異なり、引受会社等による手厚いサポートは期待できず、
発行体企業自身でスケジュール管理を完結することが求められる。
これに関する様々な事象を目にするが・・・
どうやら原因はこれだけではないようだ。
現在、米国資本市場における小型企業の株式公開が停滞している背景には、
以下の要因が複合的に作用している:
①マクロ要因:金利環境の変化
②モメンタム要因:中小型株への資金流入減少
③バリュエーション要因:発行体・既存株主の期待値と潜在投資家との価格感覚の乖離
④グロース要因:規制環境の急激な変化による成長予測の困難さ
⑤個別(ミクロ)要因:流動性不足やガバナンスの課題。
9月のSBCによるSPAC合併により、日本系資本のNasdaq上場企業は延べ13社となっている
(うち2社は取引停止中であり、株価が変動しているのは実質11社である)。
これらの企業の上場後6ヶ月の株価変動率と2023年9月期のPERを分析したところ
(2023年7月のTOYOと9月のSBCについてはSPAC合併後6ヶ月未満のため11月1日終値を使用)、
1社(KRUS)を除き大幅な株価下落を記録している。
また、大半の企業がEPS(1株当たり純利益)が赤字であるため、
PERの算出が不可能な状況である。
この状況について、以下のような分析が可能である:
公開時の株価を見ると、IPOの場合は5ドル前後、
SPAC合併の場合は10ドル前後に集中している。
これは各々NasdaqCMの定める最低呼値
(IPOは4ドル、SPAC合併は10ドル)に近い水準である。
この価格帯への集中は、発行体が縁故募集した投資家による取引で株価を形成し、
その後、これら縁故株主による売却圧力が生じた可能性を示唆している。
通常のブックビルディング方式では、
価格レンジを設定し、
引受会社による需要調査・集計を経て価格が決定される。
しかし、これらの案件では最低呼値水準に合わせて
株式数を調整している傾向が見られる。
新規に株式を公開しようとする企業の利害関係者の中には、
株式の流動化・公開化を「EXIT」と位置付ける向きもある。
その考え方自体は尊重されるべきであるが、
「なぜ日本ではなく米国市場を選択したのか?」
を今一度思い返してほしい。
その理由として、米国株式市場の規模(GDP、時価総額、取引量のいずれを指標としても)の大きさではなかったのか?
米国株式市場ではミューチュアルファンドが主要なプレーヤーであり、
バンガード、フィデリティ、ブラックロック、T.ロウ・プライス、アメリカン・ファンドといった著名な大手運用会社が、
「ラッセル2000」などの中小型株指数に連動するポートフォリオを自ら組成し運用している。
この指数への組入れには、最低でも時価総額2億ドル(約300億円@150円)と高い株式流動性が要件となる。
特に流動性要件は、SPAC合併による上場企業にとって
多くの保有株式の放出が必要となる結果、大きな課題となっている。
(知らない人多いです)
投資銀行業務の中核は確かにIPOやM&Aであるが、
セカンダリー市場における株価形成も重要な要素である。
米国上場を目指す企業は、投資銀行との関係構築に加え、
セカンダリー市場における戦略も慎重に検討する必要がある。
IPOは「EXIT」なのは、
株主や発行体ではなく投資銀行にとってなのかもしれない。