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明らかに無謀なことに挑む若者を見て大人は止めなくていいのか?という問い
先日の記事で「相撲×アメフト」のようなこれまでの常識では考えられないようなチャレンジをする若者を応援できる指導者が増えると、卓越した才能を発揮する人材も増えて日本の未来が明るくなると書きましたが、あえて逆の視点からの問いについても考えてみたいと思います。
というのもチャレンジする若者がみな大谷選手や花田選手のように実力があるとは限らず、中には身の程をわきまえないような無謀なチャレンジをする若者がいるのも確かです。
例えば真冬に徒歩で北海道まで日本縦断にチャレンジしようとした沖縄の若者がいましたが、クラウドファンディングで資金を集めたところ「やめとけ」「死ぬぞ」といった声が殺到しました。
おそらく多くの人はこの挑戦を「身の程知らずな若者による無謀な行動」として捉えたかと思いますが、一方で毎日新聞の記事のように「”無謀”に不寛容ではないか」という意見もあったりします。
そんなわけで、もし若者が明らかに無謀なことに挑み、失敗して最悪命を落とす可能性が極めて高い状況下で、大人はそれを放置していいのか?と問われると私も悩みます。
見ず知らずの沖縄の若者の挑戦でさえ放っておけない人がいるのに、自分の親族や知人がもし無謀なことに挑もうとしたら多くの人は必死で止めると思います。
万が一の奇跡が起きてチャレンジが成功すればいいのですが、もし失敗して本人が大きなダメージを負ったときに「何であの時必死に止めなかったのか?」と自分を責めてしまうのかもしれません。
ただこの問題で一番難しいのは「何をもって無謀か」ということです。
もし大人が自分たちの経験と常識で判断してしまうと、若者が持っている才能と可能性を制限してしまうことにもなりかねません。それこそ大谷選手がピッチャーに専念させられていたらメジャーの一流ピッチャーにはなったとしても、昨年のMVP級の活躍は幻になっていたと思います。
これが大谷選手のような誰が見てもわかるような才能の持ち主ではなく、ごく普通の人かやや能力的に劣っている人だとどうでしょうか?
もし大人が一方的に「お前には無理だ、やめとけ」と決めつけてもおそらく本人は納得しないと思います。
というのも本人は「自分には無理だ」とは思っていないからこそチャレンジするのであり、他人に無理だと言われても本人は「0.1%でも可能性があればやってみないとわからない」と考えているからです。
この問いについては様々な考え方があると思いますが、個人的には止めるにしても応援するにしても「本人が後悔しないこと」が大事ではないかと思います。
もし本人がリスクを充分に認識していない状態でチャレンジしようとしているのなら「成功の可能性がこれぐらいだ、失敗のリスクはこれぐらいだ」と教えてあげることはできますが、それでも本人が「リスクを承知でやりたい!」というなら本人が納得する形で止めるのはかなり難しいでしょう。
大人が無理やり止めて結果的に失敗せずに済んだとしても、本人が納得していなければ「やってみないとわからないのに、あの時チャレンジさせてくれなかった」という後悔につながる可能性があります。
そして、その後悔はその後の本人の可能性を潰してしまうので、長い目で見たら大きな損失だと思います。
とはいえ、赤の他人ならともかく自分の親族や知人なら「守ってあげたい」と思うのも人情ですので「若者のチャレンジを止めるな!」というのもちょっと違う気がします。
何だかんだで明確な結論は出せなくて申し訳ございませんが、もし自分が指導者の立場ならとにかく「本人が後悔しないこと」を最優先に考えたうえで、仮に失敗しても立ち直れるようサポートするしかないと考えています。
若者の強みの一つは「恐れを知らない」ことだと思いますので、チャレンジの機会をできるだけ奪わないことが大人にできることかもしれません。
今回もお読みいただきありがとうございました。