
日本の動物画の魅力を解く(前編)〜涅槃図に観る動物表現〜
日本画 × 動物モチーフの組み合わせが無性に好きだ。
日本美術における動物画の歴史は、これまで見かける機会はあったのだが、ガッツリと調べたことがなかったので、一度自分なりに整理してみようと思う。
昨今、伊藤若冲や長沢芦雪ブームもあり、日本美術における「動物」への注目はますます高まってきている。そんな今だからこそ、動物画のルーツを探りたい。
動物画の歴史を探れ!
最も古い動物画は、縄文時代前後の壁に描かれた青森県の長谷沢岩壁の鹿、秋田県矢島町で発見された鮭石らしい。
古墳時代には、身近にいた動物たち(馬、猿、鹿、犬、鳥、魚など)の埴輪が確認されている。また、古墳の中の壁画にも動物の絵が見られる。古墳時代の動物画は、死者の葬送儀礼にかかわる表現が特色とされる。

その後、飛鳥時代以降は、大陸の影響を受けて動物表現がガラリと変化するが、この当時の作品は、日本の美術というよりも大陸で作られたものが多い。

日本独自の表現には至らなかった飛鳥時代。しかし、三重県立美術館 館長 酒井哲朗さんが1995年に書かれた記事によると、その後、大きな転換点を迎える。
唐文化の圧倒的な影響下にあった日本美術は、平安時代に和様化の道を辿る。
https://www.bunka.pref.mie.lg.jp/art-museum/55092038166.htm
と言うことで、ここからが本番。
平安時代以降の動物画の足取りを探っていこう!
日本独自の進化を遂げる?! 人も動物もみんな悲しい「涅槃図」
平安時代以降の動物画として、押さえておかなければならないものが、「涅槃図(ねはんず)」だ。
涅槃(ねはん)は、すべての煩悩が吹き消された状態、すなわち安らぎ、悟りの境地のこと。そして、お釈迦さまが亡くなられたことを「涅槃に入る」と表現する。
お釈迦さまは、35歳で悟りを開いてから45年間インド各地を行脚して仏法を説き広める。80歳で生れ故郷へ向かう途中で、純陀(チュンダ)という人が布施として差し上げたキノコに中毒して体調を崩し、クシナガラという地の跋提河(バツダイガ)のほとりにある沙羅双樹(サラソウジュ)の下で亡くなる。
その様子は『涅槃経(ねはんぎょう)』という経典に記されていて、それに基づいて描かれたのが涅槃図である。それゆえ、構図には特徴がある。
・空に十五夜の満月(涅槃した日が2/15)
・中央の宝台に横たわるお釈迦さま、涅槃された証拠に黄金に輝く
・空にはお釈迦さまの生母・摩耶(マヤ)夫人や天女
・8本の沙羅双樹
・嘆く弟子たち
・悲しむ動物たち
こちらが、日本最古の涅槃図。
お釈迦さまの側で悲しむ動物として、獅子が一匹描かれているのがわかる。

平安時代に獅子一匹だった動物が、鎌倉時代末期には70をこす動物が描かれるようになってゆくのだ。(そんなことある?!)
初期の釈迦を大きく表した涅槃図は、やがて釈迦の姿が小さくなって会衆の数がふえ、悲嘆の身振りが大きくなっていったが、それにともなって登場する動物も多くなり、釈迦の枕頭における生類大集合の図となった。その動物表現は、鎌倉前期までは密教絵画をはじめとする仏画や大和絵のそれを踏襲したが、鎌倉中期以降は、従来の仏画や大和絵に新来の宋元画を融合し、多数の動物を描き分けた。
https://www.bunka.pref.mie.lg.jp/art-museum/55092038166.htm
では、実際に見ていこう。
こちらは、鎌倉時代末期に描かれたとされる涅槃図。基本構成は変わらないが、たしかに動物の占める面積が増えている。

九州国立博物館が、このような分析をしてくださっていた(ありがとうございます!)さまざまな動物が集結しているのがよく分かる。

https://www.kyuhaku.jp/j-kouko/img/ouchi/kotae1.pdf
こちらは、安土桃山時代〜江戸時代初期のもの。だいぶ動物の描かれる面積の比率が大きくなってきている。ラクダ、亀、小さな鳥たちの姿も見える。

そして、こちら。
な、な、なんと! 約70種類(※)もの動物が描かれている。
サンゴをくわえたクジラをはじめ、海の動物たちも大集結。動物の描写が非常に丁寧であることがわかる。
※ 書物によっては80種類という記載もあり。いずれにしてもすごい数!

このように、時代が進むにつれて動物の数が増やし続けてきた日本の涅槃図。
一方で、インドの涅槃図では動物が描かれないことも多く、中国でも動物が複数描かれるケースは少ないという。
つまり、生態系大集合した涅槃図は、日本独自の進化系と言っていいだろう。
これは一体、何を意味するのだろうか。
個人的には「動物と人を区分せず、一緒に感情(悲しみ)を分かち合う」という発想は、日本人らしいなあとも思える。
が、その感想で終わるのも勿体ないので
もう少し、歴史的な事実を紐解いていきたい。
「後編」へつづく。
*
余談: 天才絵師 伊藤若冲が表現する涅槃図?!
ここからは、本編とは関係はないけど・・・どうしても記録しておきたいので余談として記載。
noteのトップ画像は、伊藤若冲の「象と鯨図屏風」の一部。
全体の作品はこのようになっている。

鯨と象。象は鼻を高々とあげて、どこか悲しげな表情を見せている。
このポージング、涅槃図に似ていると思いませんか?
諸説あるが、この絵は、若冲の母の17回忌のために作られたのではないかといわれている。
また、もう一つ。

大根をお釈迦さまに見立て、沙羅双樹を玉蜀黍(とうもろこし)であらわし、嘆き悲しむ人物や動物を京野菜と果物に見立て描かれた涅槃図だ。こちらも諸説あるが、母親の死を契機として、母の成仏と家業の繁栄を祈って描いたとも言われる。
京都の青物問屋を家業とし、敬虔な仏教徒でもあった若冲。
これらの絵は、母親への思いを涅槃図に重ねて、独自に表現したものかもしれない。
*
参考にさせていただいた資料やサイト:
・三重県立美術館『動物美術館-日本の動物表現をめぐって』
https://www.bunka.pref.mie.lg.jp/art-museum/55092038166.htm
・清水寺よだん堂『意味を知ればより深まる 清水寺「大涅槃図」拝観のツボ』https://www.kiyomizudera.or.jp/yodan/vol7/index.html
・図録 長沢芦雪『長沢芦雪の動物表現-生き物たちに見る愛嬌』
・矢島新 監修『マンガでわかる「日本絵画」の見かた』
・府中市美術館『動物の絵 日本とヨーロッパ ふしぎ・かわいい・へそまがり』
・美術覚書『涅槃図とノアの方舟 動物の絵@府中美術館の覚書』
https://ameblo.jp/about-art/entry-12701538401.html