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氷見の寒ブリを食べるために日帰りで富山へ行った話。
毎年のことながら私は「やりたいこと100」を元日に書き出す。そこで、今年真っ先に思いついたのが『氷見の寒ブリを食べる』だった。
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富山県氷見市。たまたまYouTubeで見た富山の旅動画内で、その地域の『寒ブリ』なるグルメが11月中旬から2月上旬頃にかけての旬の味わいと知った私。
思い立ったが吉日の性格ゆえ、1月に行こうかと一瞬思ったものの地震の影響がかなり大きいと知り、機会を見送った。それが現在になり、ようやく行けそうだと判断し今回思い切って行くことにしたのだ。
『日帰り 富山』
調べると、東武トップツアーズの旅行パックで往復新幹線の料金込み(大宮発の場合。東京発だと追加料金有)、500円のクーポン付きで16,200円のものがあった。片道約8000円。比較検討の末、お得感に惹かれて11月中旬頃に申し込んだ。12月は誕生月だしね、と。そして気づけば始発で最寄り駅を出発し、朝6時の東京駅に舞い降りていたのである。
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東京駅、朝6時。ホームから見えるまだ暗い夜空に浮かぶ満月が綺麗だった。乗車するのは、6時28分発はくたか551号。
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ギリギリ見えない
1本前の新幹線が山形・新庄行きだった。以前1ヵ月住み込んだ新庄(真室川)の農家さんを思い出して、急に懐かしくなった。滑り込んできた新幹線に乗車する。
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3列の窓際のA席。平日の早朝の列車だからか、それほど席は埋まっていなかった。そして無事乗車できた安堵からか、気づけば眠ってしまっていた。
起きると、外は一面銀世界。場所は長野あたり。今年初の雪化粧の風景に気持ちが高揚した。斜め前にはおそらくフランスの家族。前の座席には長髪をちょんまげ風にくくった旅人。向かう先は一緒でも、目的や想いが違う旅はやはり興味深い。
長野を抜けたあたりから、雪がしとしと降る雨に変わった。午前9時過ぎ、目的の富山駅に到着した。東京は12℃だったこの日、富山は4℃。しかし、極寒を覚悟して厚着をしたこともあって身震いするほどではなかった。
「北陸の冬は湿度があるから、東京の冬のように痛い寒さではないんだよね」
いつか大学の友人が言っていた言葉を思い出した。
富山から氷見へはおよそ1時間。「あいの風とやま鉄道」に乗車し、高岡で乗り換える。そこからさらに「JR氷見線」に乗り継ぐ。ただ、電車の本数が少なく、次の氷見方面へと向かう電車の到着時刻は11時頃。近くのカフェチェーンでラテを飲みながら1時間半弱過ごすことにした。氷見で向かう先の鮨屋は決めていたものの、時間が読めず出発前の予約はしていなかった。おおよその到着時刻が分かり、カフェを出て電話をかける。優しそうな女性が受け答えしてくれた。
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あくまで肌感だが、地方の列車は窓に対して直角の向きに座席が作られていることが多いような気がする。「窓からの景色を楽しんで」と言われているようでなんだか嬉しい。
あっという間に高岡駅に到着。乗り換えて、目的の氷見へと向かう。
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慣れない土地の電車やバスの乗車少しヒヤヒヤする。整理券を使うのか、どこから乗るのか、PASMOは使えるのか。
“雨晴(あまはらし)”という駅を通過する。湾岸沿いを走る車窓からの景色は海と空のみ。生憎の天気でどんよりとしていたが、晴れていたらきっと爽やかな青色だろうなと思った。
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目的の氷見に到着した。ICカードが使えないとのことで、急遽現金での精算を告げられて焦る。無事改札を通過し(関税みたい)念願の氷見の地に降り立った。
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「もうすぐ夢が叶うのか…」と心の中で1人噛み締めた。向かう先は「寿し 松葉」さん。Youtubeの動画や、食べログの口コミを参考にした。氷見駅からは約17分と少し歩く。そして、地図アプリが示す目的地に到着。そこには、動画で幾度となく見た念願の風景があった。
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店内に入り、予約の名前を告げる。「すぐにテーブル片づけますね」と言われたので入口の座席で待つことにした。
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古民家のような店内と全ての席が座敷なこともあって、安心する雰囲気。程なくして案内されたテーブルの座布団に座った。
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温かいお茶の沁み渡る温度から、身体が冷えていたことを知る。
「寒ブリが食べたいんですけれど、メニューに入っているものはありますか?」
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「にぎり寿しには基本入っています。入っていないメニューでも、入れることはできるのでおっしゃってくださいね」
結局「富山湾寿し」を注文した。
ざっくりと入っているネタの説明、苦手な魚がないか、逆に入れたいネタはあるか。とても丁寧な接客に、丁寧に返したくなる。嬉しい。待つこと数分、まず出てきたのはふろふき大根。
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「お熱いうちにお召し上がりくださいね」
運ばれてきたお椀は、見るからに身体が欲する味と温度。切り分けに力は必要はなかった。魚の出汁で炊いた大根にゆずの風味。味噌の甘み。料理の美味しさはさることながら、この後、間違いなく美味しい鮨がいただけるだろうことを確信した。
お醤油とガリと一緒にまず出てきたのは寒ブリ、アオリイカ、甘エビ。見るからに伝わるシャリのホロホロ感。手でいただこうと決めた。
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まずは甘エビ。甘くてねっとりとしていて、思わず目を閉じて味を噛みしめた。アオリイカ。実はイカはさほど好みではないネタ。けれど、すっと歯切れる食感と濃厚な甘みが広がる感じに「イカ、美味しいな」と素直に思った。
そして、本命の寒ブリ。上質な脂が鳥肌が立つくらい美味しかった。いつまでも味わっていたかった。さらに、負けないくらい美味しかったのがシャリ。お米の甘みと粒立ちが口内をたまらなく幸せにしてくれた。
3貫を食べ終えた頃、店員さんが次の鮨とお味噌汁(というにはあまりに豪華すぎる)を持ってきてくれた。
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下段:蟹/白エビ
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お鮨の途中にお味噌汁を挟むのは反則すぎる。ささがき牛蒡と鱈のふわっふわの身。蟹の旨み。あぁ…美味しい…。それしか頭に浮かばなかった。時々つまむガリは甘みと酸味がキュッと合わさって箸が止まらない。そして、お次の5貫は蛸、平目、鯵、蟹、白エビ。
まずは蛸。イカ同様、すっと歯切れがよく、蛸の甘みが広がるのが新体験だった。平目は白身で淡白な味わいと思いきや旨み、甘み、コリっと食感良し。光り物好きに嬉しい鯵は口いっぱい旨みが広がった。感動ものだったのが白エビ。こちらも富山名物。甘エビよりも濃厚で甘みがある。海苔の風味も良く、贅沢な軍艦だった。そして、蟹。王者と言わんばかりの風格に負けない味だった。噛むと染み出す蟹の旨み。幸せな咀嚼だった。
ここまでで充分お値段以上の味わいをいただけたと満足していたのだが、なんとまだあと3貫あるという。嬉しさに思わずにんまり。
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「こちらで一旦以上となりますが、足りなければお申しつけくださいね」
そう言って新たなガリと温かいお茶を持ってきてくれた。本当にお金を払わなくていいのかと心配にはなるが、こうした気遣いは「また来たいな」と思わせてくれる。
富山の冬の味わい、ノドグロ。シャリの甘みと脂が合わさり、醤油なくても美味しかった。ちなみにどのネタにも、醤油はほぼ使わず。お次はバイ貝。これまで食べたどのバイ貝よりもコリッコリ食感。締めはカツオ。分厚く、それでいて柔らかく。お肉のような食べ応えと、繊細な魚の甘みに大満足だった。
食べ終わって、しばらく感動に浸っていた。
湯のみに入ったお茶をふうふうと冷ましながら、夢が叶った現実に酔いしれていた。
「本当に美味しかったです」
握ってくれた主人と接客をしてくれた女将さんや店員さんに告げた。皆さん素敵な笑顔で返してくれた。食べている間、入店する方や電話対応で何度も「ごめんなさい、席がいっぱいで...」と断りを入れていたので入れた私はラッキーだったと思う。
恐るべし氷見。恐るべし富山。天然の生け簀とはまさにこのことか、と再び氷見駅へと戻る道で思った。
その日の晩、自宅のベッドで「今朝、私富山にいたんだよな」とふっと笑ってしまうくらいの自分の行動力というか執念に思わず笑みがこぼれ、気づけば夢の中だった。