この世界の全てが、敵にしか見えない

大学受験

  周りが全員敵、とまではいかないけど、仲間がいない、と悟ったのは、この時だ。死にたいくらいしんどくて、生き方が本当に分からなくなった。それ自体もつらかったけど、それ以上に、この苦しさを、黒い部屋に放り投げられたあの感覚を、だれ一人として分かってくれない、分かり合えない、ということ。それが本当に苦しかった。自分の感情をまるっきり他人に貸すことができない。それが、「人間はいつだって一人なんだ」という事実を私に気づかせてきた。

バイト先

 この世の中って、結局自分のことしか考えられない仕組みなんだって思い始めたのは、初めてのバイト先でのことだ。そのバイト先はすこぶる忙しかった。仕事が忙しくて、空気は殺伐としていた。注文が目まぐるしく入ってくる。店員呼び出しベルが止まらない。息をつく暇もない。皿を片付けなければいけない。料理を提供しなければいけない。時間もないから料理が綺麗に盛り付けられない。時間がないから作り直す暇もない。あのバイトは、一人に課す仕事量が狂っている。でもその仕事量に文句を言う人はいない。いや、文句を裏では言っているがそれを店長に直談判する人はいない。だって「仕方がない」ことだから。みんな、大人だから、仕方がないことだと思って仕事してる。お金がないと生活できない、解雇されては定職がなくなる、自分の老後資金がない。遠いと思っていた事例は案外身近で、明日の自分のために、皆こんな殺伐とした環境でも耐えてお金を稼いでいる。結局、生きていかなきゃいけない。食べていかなきゃいけない。だから他人に気遣っている暇がない。自分がみんな、一番大切。そういう環境でバイトして、「このバイト先の人達って、他人殺さなきゃ自分が死ぬ、っていう状況になったら他人殺すんだろうな〜」とか思い始めてしまったからさすがに辞めた。世の中って結局、上手く回らない。

大学

 大学の教授になんて絶対になりたくない。っていつも講義うけてて思う。大学生で授業を真面目にきいている人もいないなかで、100分もひとりでアウェイのなかしゃべり続けるの、無駄の極みでしかない。お金稼げるなら、なんでもいいのかな。大人になって、1人で稼いで1人で不自由なく暮らすには、職のクオリティなんて二の次なのかな。大人になったら、そういうテキトーな生き方にならざるを得ないのかな。生徒に分かりやすく授業しようという教授なんていないし、そもそも大学生が楽しく授業をうける、ということがもう理想論すぎんのか。大学生なんてそんなもんか。それが世の中の風潮だもんな。なんかもう、疲れちゃった。

世の中に多すぎるくそ名言たち

Twitterの最悪機能おすすめ欄が、毎日誰かもわかんない名言とか本とかこちらに提示してきて「うるせーーー‼️‼️‼️‼️‼️‼️」ってなってる。もうかまわないでくれ。どうせ一人だから。だれも責任とってくれないんだから。酸いも甘いも全部私にふりかかるんだから。勝手に生きさせてくれ。ひいては死なせてくれ。自分の思考回路は、生きるのに向いていない。汚ったないパイプみたいな思考回路してるから、ニュースとか他人の発言とか誰かの名言とか、全部汚水にしてしまうんだよ私の思考回路は。もう全部嫌な方向にもっていってしまうからもう嫌だ。こんな自分嫌い。

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