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小説:当店は9月17日(日)をもって閉店します 最終話

最終話 友田裕太ともだゆうた

 当店は九月十七日(日)をもって閉店します。と書かれた紙がメダルキーパーの横に貼られたのが八月の頭のこと。この店で迎える最後の繁忙期を抜けると、瞬く間に夏休みが終わり、九月に入った。
 僕がこのアミューズパークへやって来たのは、五年前。その頃から今までずっと居るメンバーは、桃田さん、富永さん、それに荻野くんくらい。
 荻野くんの卒業を見届けたかったな――。
 そう思うのは、遅番でいつも荻野くんに助けられてきたからだろう。とはいえ、彼は大学五年目にして三年生。早くとも卒業するのは再来年の春だから、その前に異動が決まる可能性の方が高いか。
 そんなことを考えながら、閉店に伴ってしなければならない作業を確認する。
 店舗の運営が終了する九月十七日を過ぎれば、翌日からはプライズ機、メダル機ともに搬出作業が始まる。大型メダル機は搬出トラックに載るサイズまで分解しなければならないと思うと、今から気持ちが重い。
「結構重労働なんだよな」
 独りごちる。
「何がですか?」
 ひょこっと顔を出したのは荻野くんだ。聞かれていたのか。恥ずかしい。
「閉店した後の搬出作業のこと。メダル機はバラさないとトラック載らないからさ」
 平気なフリをして彼の問いに答える。
「ああー。男性スタッフだけでするんですよね。僕も頑張ります」
 彼はにこりと笑うと「それじゃ、お疲れ様でーす」と言って颯爽と帰って行った。
 閉店した後の搬出作業は、力仕事が多いので女性スタッフの力は借りず、大学生を中心とした男性スタッフで行うことに決まっていて、男性スタッフ陣は搬出作業が終わる予定の九月後半までアミューズパークスタッフとして働く。
 女性陣はプラットに採用が決まっている桃田さん、富永さん、田原さんの三人を筆頭に、アミューズパーク閉店すぐから、プラットでの研修が始まる予定だ。
 いよいよ閉店するんだな、という実感と、次に行く店舗のことで頭がいっぱいで仕事が捗らない。
 営業終了時間はとうに過ぎていて、僕以外のスタッフはさっきの荻野くんで全員帰った。会社から支給されているノートパソコンで、会議用資料を作成する。
 閉店が決まっていたって、次の本部である会議には参加しなければならないし、次の会議ではファシリテーターを務めることも決まっている。
 僕はアミューズパークの副店長であると同時に、アミューズパークを運営する会社に勤めるただの会社員でもある。
 今回は運良く、次に入るテナントがスタッフを引き継ぎたいと申し出てくれたから良かったものの、閉店で職を失ってしまう可能性がある契約社員やアルバイト・パートと違って、正社員の僕は異動するだけで済んでしまう。だからか時々閉店に対する想いの面で、スタッフのみんなと少し温度差を感じてしまうときがあってそれが寂しい。
 せっかくこの街に馴染んで、スタッフとも仲良くなれたのに――。
 この店舗のメンバーは仲が良い。ギスギスしている店舗もたくさんある中で、頻繁にみんなで飲み会を開催したり、インカムでも忙しさの合間に、冗談を飛ばしたりする気軽さがこの店舗にはある。
 この店舗のメンバーが好きだ。だから家族が居る店長の大池さんを差し置いて、エリア限定の転勤を希望して、この店舗になるべく長く居座れるように店長への昇格も断り続けてきた。
 それなのに、閉店なんてあんまりじゃないか。冗談抜きに、閉店を最初に聞いたときはそう思った。
 それでもそれに抗えないということはもちろん理解していて、僕は淡々と『その日』を迎えるための準備と、新しい店舗へ移る準備を並行して進めている。
 その生活もあと少しだ。九月十七日なんてあっという間にやって来る。田原さんみたいに、「可愛がってたメダル機、全部綺麗にするんです」と無邪気に言いたい。
 閉店のお知らせ文がメダルキーパーの横に貼られてから、彼女は自分が定期的にメンテナンスを行っていたメダル機全台のメンテナンスと清掃を一人で行っている。
 どこからそんなやる気が出てくるんだろうと疑問に思いながらも、彼女がしてくれている作業は大池さんや僕がそもそもしなければならなかった作業だから、面倒な作業が一つ減って助かっているというのが事実だ。
 自分にはあんな面倒な作業を「可愛がっていたメダル機への恩返しみたいなものです」なんて無邪気に言えない。田原さんって仕事、好きだよな。面接のときも「筐体の中が見たい」って言ってたらしいし。
 あんなふうになれたら、僕も楽しく仕事が出来るのだろうか。この店舗以外でも。
 五年もここで働けて、閉店まで在籍することが出来たのは良かったとも思う。この店が残っていたら、きっとこの店に対する未練で、他の店舗で働くメンタルがきっと作れなかったから。
 スタッフに恵まれるかどうかっていうのは、本当に運なところがある。面接をする店長の採用力、スタッフ不足の逼迫具合、面接を受けに来る人の質、そして店舗の雰囲気。
 店長に採用力がなければ、質の良いスタッフ志望を取り逃がすことがあるし、スタッフ不足の逼迫度が高すぎると多少問題があっても採用せざるを得ない状態になることもある。そもそも、スタッフとして質の高い人が面接に来る保証なんてどこにもないのだ。
 大池さんは面接で人を見極めるのが上手いから、この人の採用失敗だったなというのが少なく、店舗の雰囲気が良いからか定着率が高くて大学生の卒業シーズンを除けばスタッフ不足も逼迫しない。
 こういう店舗の雰囲気を作ってきた歴代の社員、契約社員、パート・アルバイトスタッフに感謝している。大上くんが社員に上がってからも店舗の明るい雰囲気を維持してくれている最年長の桃田さんには特に。
 桃田さんが居なかったら、富永さんが雰囲気の要になっただろうけど、富永さんのクセのある性格じゃきっと、今の和気藹々とした雰囲気とは違ったものになっていたと思う。
 田原さんは無邪気にワーカホリック気質で、それに無自覚だから他人にも自分がこなせる仕事量を求めそうで怖い。
 詰まるところ桃田さんしか適任者はいなくて、彼女が居なければこの居心地の良い店舗は存在しなかったのだ。
 良かったよほんと、最後まで和気藹々とした店舗で。

 九月十七日、日曜日。真夏の痛いほどの暑さではないが、秋晴れの真昼は充分すぎるくらいに暑い。
 アミューズパーク最終営業日は、当然のようにいつもと変わらない顔をしてやって来た。
 最終営業日の僕のシフトは遅番。十三時から出勤で、僕と一緒に最終営業日の最後のお客様をお見送りすることになったのは、富永さん、荻野くん、端元くんの三人。僕を合わせて計四人のスタッフでアミューズパークの最終営業日は締めることになる。
 十二時三十分。アミューズパークへ着いて更衣室で制服へ着替えると、事務所の防犯カメラでフロア状況を確認する。プライズ側はいつもの日曜日と同じくらいの賑わいだが、メダル側はかなりバタバタしているようだ。
 始業前だけれど、インカムを付けてさらに詳しく状況を確認する。
「店長すみません、今の対応終わったらメ回収まわってもらえますか? キーパーのメダルも補充メダルもヤバそうです」
 田原さんの声に切迫感と、忙しすぎることによるハイ状態なのか変なテンションの高さが混ざっている。
「田原、クロスタ三ステジャム対応入ります。カウンターのフォローお願いします」
「ごめん、プライズから誰かカウンターフォロー行ける? メダル側全員対応入ってるからっ!」
 大池さんもバタバタしているのか、語気がいつもより荒い。
 昨日のメダル側もバタバタしていたけれど、今日はその比じゃなさそうだな――インカムとカメラを見ながらそう思う。
 常連のお客様が、最後にメダルを使い切ろうと大量のメダルを投入してご遊技されているから、その分当たりが増えて必然的にメダル側は、メダルキーパーを始めとしてメダルが足りない状況に陥るんだよな。
 そういえば田原さんが昨日「朝一から十二時までの二時間で、キーパーに四千枚補充、五回したんですよ」と言ってたっけ。今日はきっとそれ以上にしているだろう。この様子だと。
「田原さん、遅番が来たら絶対休憩回すからそれまでごめんだけど耐えて」
 休憩もまだ全然回せていないのか。この後かなりバタつきそうだ。
「田原、了解です。三ステジャム対応終わりました。カウンター戻ります」
 さすがに田原さんはクロスタのジャム対応、早いな。次のプラットでもそれを生かせたら良いけれど。
 時間を見る。始業時間五分前。富永さん、荻野くん、端元くんも制服に着替えて準備万端だ。
「ちょっと早いけど、フロアかなりバタついてるみたいだから、フロア出ようか。最終営業日、頑張っていきましょう」
 遅番スタッフに声をかけて、五分前だがタイムカードを切ってもらってフロアへ出ることにする。
「おはよーございますっ。遅番友田、出勤してます。よろしくお願いします。ちょっと早いですけど、フロアバタついてるみたいなんで、遅番全員五分前で出てきてます」
 僕のインカムに続いて、他の遅番メンバーも出勤を知らせるインカムを飛ばす。とりあえず遅番全員をカウンターへ集めて、配置を決めなければならない。
「おはようございます。今、メダルは店長、長野ながのさん、私の三人で回してます。でも全然手が足りてないです。メ回収しないとメダルが無い状況です。プライズは桃田さん、坪田さん、亜美ちゃんで回してもらってます。休憩は誰も行けてないです」
 大慌ての田原さんが、店舗状況を伝えてくれる。とりあえず、休憩回しをしないとな。
「朝番の休憩一番は、いつも通り田原さん?」
 僕が訊ねると、田原さんは「はい。いつも通り、私、桃田さん、長野さんで最後に店長です」と流れるように答える。朝番はそれぞれ休憩に行きたいタイミングが決まっていて、休憩の順番は変わり映えしない。坪田さんと、亜美ちゃんこと石川いしかわさんは中番だから、今はとにかく朝番の休憩回しだけ考えたらいい。
「とりあえず、田原さん休憩行こう。プライズは桃田さんと富永さんで全体まわって、坪田さん初心者台付近、石川さん小物でまわってください。今はメ回収とかでメダルに手がいるんで僕と荻野くん、端元くんは一旦メ回収落ち着くまでメダルに入ります。プライズ対応立て込んだらフォロー入るんで、インカム飛ばしてください」
 全体へ指示のインカムを飛ばすと、「はい、了解です」とスタッフ全員が返してくる。一旦これで、どうにかなるだろう。というより、どうにかしなければならない。
「田原、休憩いただきます」
 全員の「はい、了解です」を聞き終えた後、田原さんが休憩に入る旨のインカムを飛ばす。誰かが休憩に入るインカムを飛ばすと全員が「ごゆっくりどうぞ」と返すのが、アミューズパークの習わしで、今日だって例外じゃない。でも彼女へ向けられる「ごゆっくりどうぞ」はこれが最後だ。

 田原さんの休憩を回している間、男ばかりになったメダルコーナーはバタついている。お客様が付いていない席を見つけては、メダル機の足下の扉を開いてオーバーフローボックスに溜まったメダルを回収し、カウンターのメダルボックスへ戻していく。
 クロススタジアムではかなりのメダルがオーバーフローボックスに溜まっているだろうことが予測されるので、お客様が付いていても常連のお客様を中心にプレイ中でもお願いしてメダルを回収させてもらうことだってしないといけない。
「お客様、ご遊技中申し訳ありません。メダルを回収をさせていただいてもよろしいでしょうか?」
 常連の栗木田さんに声をかける。
「あ、友田さん。ええ、良いですよ。どうぞどうぞ」
 栗木田さんはさっと座席から立つと、メダルの回収がしやすいように椅子を大きく引いてくれた。
「今日で最後なんて、私、寂しくって。せっかくここでお話出来る人がたくさん出来たのに」
 オーバーフローボックスからメダルを回収ボックスへ移し終えて、僕が振り向くと、栗木田さんはそう言った。
「そうですよねぇ。僕も寂しいんですよ。こんなにたくさんのお客様に来てもらって、良い店になったなぁって思っているのに、今日で最後だなんて」
 忙しさで頭が働かなくて、お客様の前だっていうのに本音が零れる。
「友田さんも、おんなじ気持ちなのね。白木さんたちもね、寂しいって言ってたわよ。告知が遅いってずっと怒ってたけど、怒りが通り過ぎたら今度はすごく寂しいみたい」
 栗木田さんは優しい顔をしてそう言った。僕は「そうなんですね。ありがたいです」と言ってから「ご協力ありがとうございました。引き続きごゆっくりご遊技くださいませ」と言って彼女の元を去った。
 この場所へ新規オープンするプラットに、栗木田さんや白木さんご夫婦はまた通うのだろうか。それとも、他の店へ行くようになってしまうのだろうか。どちらにせよ、僕自身が栗木田さんや白木さんとこうやって話せるのは、今日が最後なのだろうと思う。
 白木さんはどちらかというと我が儘なお客様で、スタッフを困らせることが多い人だった。田原さんも「白木さんの旦那さんに頭小突かれました。絶対に許しません」って言ってたっけ。
 僕たちが注意をしたり、クロスタでの負けが込むと我が儘を反省して「もう、俺はスタッフの人たちに色々言わないようにする」って言うけれど、すぐに忘れて同じことを繰り返すんだ。面倒臭いけれど、なぜか憎めない人。
 栗木田さんなんかは、神様みたいに良い人で、僕たちの失敗も「誰でも失敗はするわよね」の一言で済ませてくれたりする。新人の初ジャム対応はなるべく栗木田さんになるよう調整していたのはもちろん本人には秘密だ。
 メダル回収をしながら、常連のお客様方と話をする。もちろん回収は急ぎだし、対応にも追われていてお客様と長話をしている余裕なんてない。
 けれど最後くらい、この店を愛してくれた人たちと少しの言葉を交わすことは許されても良いだろう。
 こうしている間にも、刻一刻と営業時間はどんどん過ぎていく。アミューズパークの歴史が終わりに向かって、ぐいぐい進むのを僕は感じていた。

 メダル側の大盛況は閉店間際まで続き、名残惜しそうにする最後のお客様へ閉店時間の案内をして退店を促す。
 十六ステーションあるクロスタは、閉店設定でメダルの投入が出来なくなるギリギリまで全席埋まっていた。クロスタをお気に入りの台としていつも遊んでいた白木さんご夫婦も、閉店時間のご案内をして店舗から退店してもらったお客様の一組だ。
「友田くん、元気でな」
 白木さんの旦那さんが、僕の肩を叩きながらそう言った。短気で我が儘でも、この人は悪い人ではない。ちょっと面倒な気の良いおじさんだ。
「白木さんもお元気で。本日のご来店、ありがとうございました」
 僕がそう言うとなんだか寂しげな眼差しで白木さんは僕を見て、それからくるっと身を翻し、後ろ手に手を振りながら店を出て行った。
 お客様の居なくなった店内で、いつものルーティン通りに閉店作業を進めていく。
 この椅子はもう、この店ではお客様が座らなくなった椅子。このメダル機はもう、この店では遊ばれなくなったメダル機。このプライズ機も、夕方過ぎまで子どもたちで賑わっていたキッズメダル機も、店内放送をしていたマイクだって、全部もうこの店では使われることのないものに変わった。
 ただのルーティンをこなしているだけなのに、いつもより感傷的になっている自分がいる。寂しい。悔しい。閉店なんて嫌だ。
 今さらそんなことを思っても仕方が無いってことくらい分かってる。僕だってもう三十二だ。子どもじゃない。
 でも、寂しいがどんどん溢れてきて止まらないんだから仕方ないじゃないか。
「友田さーん、閉店作業こっちは大体終わりました。友田さんの方はどうです?」
 インカムで荻野くんが訊いてくる。平気なフリ、しなきゃ。
「こっちも、終わったよ。上がろうか」
 普通に言えたはずだ。
「はい、了解です」
 富永さん、荻野くん、端元くんの順でインカムが飛んできて、最後の一日の仕事は終わった。

「これ、みんなから友田さんにです」
 富永さんから手渡されたアルバムは、意外と重い。開いてみると、僕がこの店舗にやって来た頃からの飲み会の写真が貼られていた。
 懐かしいメンツだな――。そう思いながらめくっていくと、今のメンバーが思い思いの場所で写っている写真とともにメッセージカードが貼られているページもある。
「めぐちゃんと桃さんが中心になって、店長と友田さんに作ったんです。アミューズパークの思い出として、取っておいてくださいね」
 富永さんの言葉に、僕の我慢が揺らぐのを感じた。
「ありがとう。大切にするね」
 そう言うのが限界で、それ以上の言葉が続かない。どうにか普通のフリを貫きたいのに、寂しさがそれを凌駕してくる。
 もう僕はどうしようもなくて、ぽろぽろと零れる涙を必死に拭うことしか出来ない。
 富永さんも、荻野くんも、端元くんも一緒になって泣いて、それからそれがおかしくなって笑った。
 どうやら朝番も、中番の二人も帰りはおんなじ感じだったらしいことを聞いたのは翌日のこと。
 なんだ、みんなおんなじ気持ちだったんだなと思いながら、僕は固く閉じられたシャッターに、当店は九月十七日(日)をもって閉店しました。と書かれたポスターを貼った。

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苑田澪
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