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【小説】『月になれないクラゲたち』


クラゲのジェリーは、海の向こうを目指して、上へ上へと泳いでいます。来る日も来る日も、泳ぎを止めません。


「やあやあ、クラゲさん。こんなところでどうしたの?」


そう話しかけてきたのは、ウミガメのケロニオです。緑色の手足を器用に動かしながら、ゆっくりとジェリーのもとへ寄ってきます。舌をぺろりと見せました。


「あのあかりを目指して、毎日泳いでいるのさ」


ジェリーは答えるときも泳ぎを止めません。

ケロニオは見上げました。そこには、夜の海をほのかに照らすあかりがありました。波に揺られて、輪郭がはっきりしませんが、美しいあかりです。ケロニオは視線をジェリーの方へ戻しました。


「あれは、月ね」

「月?」

「そう。月はいいわ。ワタシは月を頼りにしているの。卵を産むときは、いつも満月の夜って決めてる」

「そうなんだ。月って、やっぱりキレイ?」

「そりゃあ、もちろん。とても美しいわ。銀色に光りながら、夜空に浮かんでいるの」

「夜空って、広いの?」

「ええ。とても」

「海よりも?」

「どうだろうね。もしかしたら、海よりも広いかもね」


ジェリーは少し黙りました。口は閉じても、泳ぎは止めません。沈黙を破ったのは、ケロニオでした。


「キミ、本当に上へ行くの?」

「ボクは……月になりたい」

「え?」

「あんなふうに輝いてみたいんだ。遠い場所にあることは分かってる。でも、深い海にまで光を届けてくれるあの存在が、ボクは好きなんだ。ボクも光りたいんだ。みんなに光を届けたいんだ」


ジェリーは目を輝かせながら言いました。ケロニオは少し考えてから、口を開きました。


「でも、他のクラゲたちはこんなところまで来ないわよ。誰も到達できていないからじゃない?」

「ボクのまわりのクラゲたちは、みんなただよってるだけだよ。みんな仲が良くて、幸せそうに過ごしてる。でもボクは、あのあかりを初めて見たときから、あのなかへ行ってみたい、あのあかりになりたい、その夢を叶えられたら、ボクはどんなに幸せだろうか、そう思うようになったんだ」


ジェリーは叫ぶように言いました。ふたりの間を、あぶくが流れていきます。


「クラゲの寿命は一年もないんだ。ボクに残された時間はもうわずかしかない。だから、毎日だって泳いでやるさ。あのあかりを目指してやるさ」


ケロニオはふっとほほえみました。ジェリーの情熱に、心を動かされたのです。


「ワタシは最初、キミを食べようとしてキミに近づいたの。でも、キミの話を聴いて気が変わったわ。応援したくなった。いつまでも、頑張って泳いで。そしていつか、月になってね」


ケロニオはジェリーの姿が見えなくなるまで、ずっと見守っていました。そのとき気付いたことがあります。ジェリーのからだは既に、ほのかな光を放っていたのです。

(1124字)



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