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一寸未来記『玉手箱』
仮想空間は実に心地いい。
手柄を横取りする同僚も、大きな声で威圧してくる上司もいない。
シナダはこの世界に満足していた。
「シナちゃんもう帰っちゃうの」
ミリがシナダの腕に手を絡めて呼び止める。ミリはこの空間だけに存在するプログラムである。
「もう少しいいじゃない。どうせ向こうに戻ってもやることないんでしょ」
図星だった。
仕事を辞めて以来、現実の世界でやりたいことも、やるべきこともない。
「それもそうか」
空を見上げる。透き通るようなピンク色だ。
時間なんてものは、とうに失った。
時折、流星群が降ってくる。
いや、あれは星などではない。電子回路を伝うなにかの信号。
目を覚ますと、白髪の老人が立っていた。
「どうだったかい、君の地球は」
「ああ、そうか。俺はー」目には涙が溢れていた。「世界を滅亡させたんだった」
少し先、一寸先の未来。
その主人公はあなたかもしれない。