ブックカバーチャレンジを始める前に
あらゆるSNS上で「7日間ブックカバーチャレンジ」の投稿が飛び交っている。初めてFacebookで見たのは4月末だったが、今やタイムラインに流れてくるハッシュタグは日に20〜30件を下らない。自分の周辺だけでも、わずか2週間でかなり広まっているのがよくわかる。
次々と参加者が現れて盛り上がりを見せる中で、いきおいこんな疑問が浮かぶ。
● いつ、どのようにして始まったのか。
● なぜここまで広がっているのか。
● 何か問題点はないのか。
● 参加にあたって、気をつけることはあるか。
ブックカバーチャレンジを始める前に、それぞれ考えてみたい。
1. ブックカバーチャレンジの起源
結論を言えば、明確な事実にたどり着くことはできなかった。
ただ、いま日本で流行している「ブックカバーチャレンジ」は、数年前にはすでに海外でブームになっていたようである(参考:The New York Times, Apr. 5, 2019)。さらに遡ること数年、インド・ケララ州を拠点とするNGO、One Library Per Villageが"The Book Bucket Challenge"(ブックバケツチャレンジ)*を始め、一時期これが人気を博したそうだ(The New Indian Express, Sep. 11, 2014)。
また、「読書文化の普及に貢献する」という本チャレンジの趣旨も、最初からあったものなのか、途中で付け加えられたものなのかよくわからない。上述したブックバケツチャレンジとは違う流れで、"7 Days, 7 Photos"**なるチャレンジもあったという。
今日のブックカバーチャレンジは、何か単一の流行の延長線上にあるというより、過去に起きたいくつかのブームが複合的に組み合わさったものであると考えるほうが納得できそうだ。
Webブラウザで調べられたことはここまでだ。もし何かご存知の方がいらっしゃれば、ぜひともご教示願いたい。
*ブックバケツチャレンジ(The Book Bucket Challenge)・・・難病である筋萎縮性側索硬化症(ALS)の啓蒙活動および研究支援のための寄付金募集を目的として世界中でブームとなった企画「アイスバケツチャレンジ(ALS Ice Bucket Challenge)」に端を発する。このチャレンジをめぐり、過激なパフォーマンスや事故などのトラブルが生じたため代替案として考案され、ブックバケツチャレンジのほかにも様々な代案が挙げられた。なお、アイスバケツチャレンジ自体の起源については諸説ある。
**7 Days, 7 Photos・・・1日1枚、「人生を説明する(describes their life)」ような白黒写真を7日間投稿し続けるチャレンジ。2010年代にFacebook上で流行した。
2. ブックカバーチャレンジが広まった理由
これには様々な要因が考えられるだろう。「流行」論自体は新しいものでなく、古くは19世紀ドイツの社会学者ゲオルク・ジンメルがいくつか著作を残している。この辺りの専門的な分析は、社会学者や心理学者などにお任せしたい。ここでは、①わかりやすいルール、②簡単な参加方法、③高い自由度といった程度の考察にとどめておく。せっかくなので、チュートリアル風に書いてみた。
①わかりやすいルール
ブックカバーチャレンジに招待されたら、招待した人の投稿文を見てみよう。伝言ゲームのように広がっているため文面が多少違っている可能性はあるが、概してこのようなルールが書かれているはずだ。
②簡単な参加方法
ルールがわかれば、あとは実行あるのみ。感想や紹介文は必要ないため、投稿するハードルもそれほど高くない。
③高い自由度
とはいえ、「7日間も続けるのは大変」「指名できそうな友達がいない」という悩みもある。まじめな人ほど、ここでつまづきそうだ。でも、7日間続かなかったり、1人も指名しなくたって誰も責めない。ルールを勝手に変えたっていい。気が進まなければ無理に参加することはないし、読書が好きな人は何周でもすればいい。好きな本であれば多少の紹介文は添えて書きたいだろう。
つまり、このチャレンジは自分の都合に合わせて自由にできると言って差し支えない。
Facebook、Twitter、Instagramなど、どんなSNSでも簡単にできる。これがブックカバーチャレンジの最大の特徴と言えよう。
3. ブックカバーチャレンジの問題点
それでは、ブックカバーチャレンジは文句なしに称揚されるものだろうか。あくまでも主観的な意見であるが、いくつか指摘しておきたいことがある。
①ブックカバーチャレンジはスパム?
流行れるものには、批判がつきものだ。実際、ブックカバーチャレンジについては「チェーンメール」や「ネズミ講」などといった否定的な意見もある。ブックカバーチャレンジとの形式的な類似性を連想させるこれらの言葉に反応してしまうこと自体は、別段問題ではないだろう。ただ、落ち着いて考える必要はある。むやみに同一視したり区別したりせず、その本義を検討してみれば良い。このチャレンジに関して言えば、読書そのものは必ずしも有害と言えないのではないだろうか。
<参考>
・総務省「チェーンメールを受け取った際は、転送は止めてください!」
・あなたの弁護士「【弁護士監修】ネズミ講とマルチ商法の違いとは?」
②「読書文化の普及に貢献する」との整合性
出所が不明とはいえ、「読書文化の普及に貢献する」という目的には賛同できる。読書という行為は一般的であるし、いま私たちが本を手にすることができるのは、著者や編集者、出版社の存在のみならず、翻訳・出版技術など本を支えてきた文化のおかげにほかならない。これを理由にチャレンジに参加している人も、少なからずいることだろう。
しかしながら、本についての説明は書かず、表紙画像だけアップすることで本当に読書文化は普及するだろうか。少なくとも、自分はその人がなぜその本を選んだのかという理由を知りたいし、できれば内容についても触れてほしい。
あらゆる古典やベストセラー作品は、たくさんの人に読まれることによってその座についた。つまり、その本を選んできた「人」がいたということである。短い人生のうちに読むことができる本の数は限られている。それならば、本にかじりつく前に、まず読むべき本と出会う媒介者を探すこともまた重要なのではないだろうか。
③ブックカバーに潜む罠
もう一つ、重要な点を述べておきたい。それは、ブックカバーの弊害ともいえる見た目による本の選好が生じることである。すなわち、表紙の見栄えが良い本が選ばれてしまうということだ。もちろん、なぜ本の装幀に力を入れるかと言えば、その本を多くの人に手に取って読んでほしいという願いがあるからにほかならない。
しかし、表紙はあくまで表紙である。それ以上は何も語らない。中には内容で選んでいる人もいるだろうが、タイムラインで流れてくる内容の説明が何もないブックカバーの数々には、残念ながら「中身のない見世物と化した陳列物」という印象を受けずにはいられない。本というメディアがそもそも視覚依存のきらいがあるのに、あまつさえ表紙のみを見せつける行為に対してどうも賛意を示しにくい。
ともあれ、見た目の善し悪しで選ばれた本に投影されるのは、その本の価値ではなく本を選んだ「自身の選好基準」なのである。ブックカバーチャレンジの投稿を見た者は、その投稿者の選好性を無言で見せつけられているということだ。それを肝に銘じておかねばなるまい。
4. チャレンジへの参加にあたり気をつけたいこと
以上を踏まえ、ブックカバーチャレンジ参加にあたって何に気をつければ良いのだろうか。自分の場合、2. ①で紹介したこのチャレンジのルールに加えて、いくつかマイルールを設けることにした。
①本の紹介文を別途つける。
・7日間続けるための動機づけとして
・本を選択した理由を説明するため(3. ②)
・見た目による本の選好をなるべく排除するため(3. ③)
・自らの選好性を言語化して伝えるため(3. ③)
②著者や出版年代、ジャンルなどがなるべく偏らないように本を選ぶ。
・選定基準を限定することで候補を絞るため
・主観による極端な選好を避けるため
③なるべく廉価(〜2,000円程度)で手に入れやすく読みやすい本を選ぶ。
・「読書文化の普及に貢献する」という目的への賛意として
実は、②と③の両立がなかなか難しい。専門書より一般書、単行本より文庫本や新書のほうが必然的に多くなってしまうだろうが、これは致し方ない。
何はともあれ、7日間のチャレンジを楽しむことにしたい。
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