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夫婦ゲンカは犬も食わない

 太陽が沈むと同時に、町の家々に灯りがともり始めた。三上家のリビングでは、夕食の準備が進んでいた。しかし、穏やかな夕べを切り裂くような夫婦の言い争いが響いていた。

「こんなに遅くまで仕事して、家族のことなんて何も考えてないんでしょ!」と妻の紗季が声を張り上げた。

「俺だって頑張ってるんだ!お前こそ、感謝の一言くらいあってもいいだろう?」と夫の健太が言い返す。

 二人の言い争いは、しばしばあることだった。疲れた顔をした娘の春菜が、ひっそりと部屋の隅で宿題をしていた。そんな様子に気づかず、夫婦の声はますますヒートアップしていった。

 健太は職場でのストレスを家に持ち帰ることが多く、そのたびに紗季に当たり散らしていた。「お前は何も分かってないんだ。仕事の大変さなんて想像もできないだろう」と、健太は声を荒げた。

 紗季は涙をこらえながら、「それでも、私も家事や育児で疲れているのよ」と反論する。しかし、健太の声はそのまま押し通された。

「いいか、俺がいなければこの家は回らないんだ!」と、健太の怒りは収まることを知らなかった。

 そんな激しいやり取りに、春菜はついに耐え切れず、突如叫んだ。「もういい加減にしてよ!」

 その声に一瞬、二人は驚き、沈黙が訪れた。春菜の目には涙が浮かび、「もう、パパとママの言い争いなんて聞きたくないよ」と訴えた。

「春菜、ごめんね」と紗季が涙ながらに謝り、「でも、パパがもっと家のことを手伝ってくれたら…」と続けた。

 健太もまた、しばらくの間沈黙した後、ふと我に返ったように「お前が正しい。もっと家族の時間を大事にするよ」と紗季に歩み寄った。

 二人は互いに謝罪し、その日は再び穏やかに終わった。春菜はその光景を見て、ふと微笑んだ。家族の絆は一度の言い争いで壊れるものではない。どれだけ意見がぶつかっても、愛があれば理解し合えるのだと、春菜は心の中で思った。



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