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強い目をした男の子

美術部にヒロシが入部してきたのは、私が高3の時だった。

美術部に入ってくる男子は普通色白のオタクなのに、この子は妙にとんがってた。美術部よりもサッカー部のほうが似合いそうだった。本人にそう伝えると「オレ、先輩にペコペコしたり、みんなと仲良くやるの苦手なんで」と、にべもない返事だった。

ヒロシは部活を休んでばかりいたが、たまに来て絵を描くと、驚くほど上手かった。「ガキの頃から絵を描くのが好きだったんすよ」と恥ずかしそうに答える彼の横顔が妙に可愛かった。

気がつくと、ヒロシのことばかり追いかけてた。でも私は3年だからもうすぐ引退。残念ながら、あまり仲良くなる機会はなさそうだった。

そんなある日のこと、「キスをしたことがあるか?」という話で美術室で盛り上がっていると、そこにヒロシがやってきた。

「ねえ、加藤くん、キスしたことある?」と夏子が尋ねると、「えっ、なんすか一体?」と彼。「キスしたことがあるかどうかで盛り上がってるのよ」と答えると、「まあ、一応ありますよ」と答える彼。

「え〜〜〜。」

女子たちが悲鳴を上げる。

私が「ウソだ〜。どうせフカしてるだけでしょ?」と茶々を入れると、

「じゃあ、して見せましょうか?」と答える彼。

「いいわよ」と答えた途端にズカズカと近寄ってきて頭を鷲掴みされ、強引に唇を奪われた。

再び悲鳴を上げる女子たち。

「ちょっと〜。随分乱暴じゃない?」と私が言うと、

「先輩がして欲しそうな顔してたから」

と涼しい顔をして答え、まるで何事もなかったかのようにイーゼルを立てると、何やら熱心に描き始めた。この日を境に私はますますヒロシに惹かれたが、相変わらずヒロシは部活に来たり来なかったりで、あまり会うことはなかった。

やがて私は高校を卒業し、美術系の専門学校へと進んだ。勉強にバイトに忙しい毎日だったけど、彼氏もできて充実した毎日だった。2年後に久しぶりに高校の文化祭に行ってみると、ヒロシの姿が見えなかった。他の部員に聞くと驚くべき答えが返ってきた。

「加藤は学校を辞めちゃいましたよ。」

『ええっ! なんで?」

「あいつ、どっかで大立ち回りして逮捕されたんですよ。それで、自主退学しちゃったんです。みんなで止めたんですけどね。」

私がヒロシに次に会ったのは、それから3年後のことだった。美術部の同窓会があるというので顔を出してみると、なんとちゃっかりと座ってビールを飲んでいたのだ。

「ヒロシ! あなたのこと心配してたのよ! 一体どこでどうしてたのよ!」

「アメリカに行ってたんですよ」

「どういうこと?」

「親戚のおじさんがロサンジェルスに住んでるから、ツテを辿ってあっちの高校に入ったんです。」

「それでいまはどうしてるの?」

「あっちで働いてますよ」

私はしげしげとヒロシの顔を見つめた。相変わらず目力が強く、近くで話していると吸い込まれるようだった。細かった体もいつの間にか肉厚になっていて、男っぽさでムンムンしていた。

2次会でディスコに行くと、チークタイムにすぐさまヒロシをゲット。近くで改めてみるヒロシの顔は端正だった。

「ヒロシ、いつかの美術室での続き、してくれる?」

「あ? ああ。キスっすか。いいっすよ」

そう言うと、さも当然といった顔で唇を重ね、舌を差し入れてくる彼。それだけで膝がガクガクと震えた。

「ねえ、二人でバックレようよ」

「あ〜。それはないかな。まだみんなと喋りたいから。でも、先輩の連絡先ください。オレもキスだけで終わりたくないんで」

2学年も年下なのに、強引な物言いに逆らえない。チークが終わると私はハンドバッグから名刺を抜き出し、自宅の電話番号を書き込んで彼に手渡した。

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ヒロシから電話がかかってきたのは、1週間後だった。

「先輩、一緒に飯でも行こうぜ」

「いいわよ。どこで?」

「先輩の出やすいところでいいっすよ」

「じゃあ、〇〇駅でいいかな?」

「了解。じゃあデパートの前あたりに立っていてよ」

Tシャツに半ズボンという子供のようなかっこうで現れたヒロシと一緒にお好み屋さんに入ってビールで乾杯。そして随分と話した。ヒロシの退学の経緯や、アメリカ生活の話などなど。私は私で、専門学校時代の話や、いまやっているアパレルの仕事など。

「先輩は彼氏いないの?」

「そりゃいるわよ」

「あれ? そうなんだ。いつもキスしたがるから、てっきりいないのかと思ったよ」

「やあね。ヒロシだけ特別なんだよ」

「そうなの? じゃあその先も特別に教えてよ」

「あんたね……。」

ニヤニヤと嬉しそうに笑うヒロシを見てると、それも悪くないように思えてきた。

「でもね、あなたをアパートに連れて帰るわけにもいかないのよ。私は同棲中だからさ。彼氏とカチ会ったら大変だからね」

「そうなんだ……。じゃあその辺の公園で青姦する?」

「あんた、頭おかしいんじゃないの?」

「いいじゃん。夏であったかいし。この辺の公園だったら覗き魔もいないだろ」

「バカ」

「ウソウソ。国道沿いのラブホ行こうぜ。」

「行こうったって足がないでしょ?」

「オレバイクできたから大丈夫だよ」

「バイクでラブホ? しかも酒飲んでるのに? あんたバカなの?」

「本当は行きたいくせに、文句言うなよ」

1時間後、私たちはラブホでキスをしていた。シャワーを浴びているとヒロシが不意に扉を開けて入ってきた。肩から胸にかけて入った大きな刺青に目を奪われる。こいつは悪そうなんじゃなくて、本当のワルなんだと今さらながら慄いたが、もう、なるようにしかなかった。そしてその夜は、幾度となくヒロシにイカされた。お好み焼きやで軽口を叩いていた時には私が手取り足取り教えてあげるつもりだったのに、結局朝までイカされ通しだった。

アパートに帰ると、彼氏はもう出かけた後だった。夏子に電話をして、口裏を合わせてくれるようお願いした。

「あんた、今度は誰とヤッたのよ?」

「ヒロシよ。覚えてる?」

「えっ〜〜!マジで? いいなあ!」

「マジですごかったよ。朝までヒーヒー言わされちゃったよ」

「はいはい。ごちそうさま」

その夜、彼氏が帰ってくるなり、「昨日はごめんなさい。女子会で飲みすぎて帰れなくなって、夏子のうちに泊めてもらったの」と謝った。すると納得した様子で、それ以上追求してこなかった。ちょっと後ろめかったが、でも、ほっと胸を撫で下ろした。

まだお医者さんになったばかりの、インターン真っ最中の彼。結婚相手ならば、この人が間違いないのだ。でも、目を閉じると、ヒロシの鋭い目と、刺青を背負った獣のような肉厚の体を浮かんでくる。

そんなヒロシは私にさよならも言わず、さっさとアメリカに戻って行った。ま、私はただの遊び相手だから仕方がないけど。

私は年明けに婚約をし、7月に挙式を決めた。時が駆け足で流れ、そして、あっという間に7月が巡ってきた。招待状を送り終え、あとはもう当日を待つばかり。そんなある日、不意にアパートの電話が鳴った。

「もしもし」

「よ、オレだよオレ。ヒロシ。ひより先輩?」

「うん。私よ。あれ、どうしたの?」

「昨日帰国したんだよ」

「マジか。夏休み?」

「そう。今度の週末会える?」

「ダメ。どうしても外せない用事があるの。」

「そうか……。じゃあいいや。」

「でも、今日ならいいわよ」

「今日?」

「今日、彼は当直だからね。うちに来る?」

「相変わらずやべえな、先輩は」

「ヤバいのはあんたでしょ?」

夕方になるとエンジンの音がして、アパートの前にバイクが停まった。外に出ると、ヘルメットを手に下げたヒロシが立っていた。

「入って」

「いい部屋に住んでんじゃん」

「ご飯食べるでしょ?」

「うん」

ご飯を食べると、しばらくテレビを見る。そして、二人で風呂場に行ってシャワーを浴びる。ヒロシの刺青を指でゆっくりとなぞる。お互いの体を洗い合うと、それだけで膝が震えた。

「ねえ、ヒロシって血液型は何型?」

「ん? A型だよ。なんで?」

「いや、無茶苦茶な性格だからB型かと思っただけ」

そのあと二人は体を弄り合った。

ヒロシが途中、ガサゴソとゴムに手を伸ばしたので、

「今日は大丈夫だから、しなくていいよ」

「マジ? 子供ができても、オレは認知しないよ?」

「子供なんかできないわよ。今日は安全日だから」

「そう? オレのは濃いぜ。上澄みだけでも妊娠するかもよ?」

くだらないけど、ヒロシのドロドロとしたそれは、確かに上澄みでも妊娠しそうだった。そして、私はその夜もイカされ続け、ヒロシの濃い精を何度も受け止めた。

少しだけ微睡んだあと、まだ暗いうちにヒロシを叩き起こすと、「彼が当直から帰ってくるからもう帰って」と、アパートから追い出した。靴を履いたヒロシはこちらを向くと、真っ直ぐに私の目を見た。

「先輩、結婚するんだろ? 夏子先輩から聞いたよ」

私が息を呑んでいると、近寄って私に優しくキスをし、そしてバイクに跨ってもう一度こちらを向いた。

「じゃ。オレの子を大事に育ててな。男の子だったら、名前は拓海。開拓の拓に海だ。女の子だったら桃子。果物の桃に、子供の子だ。わかった?」

私が目を大きく開いて静かに頷くと、エンジンのキーを回し、ヒロシは去って行った。

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1週間後ウエディングケーキにナイフを入れると、私と夫は夫婦になった。そして新婚旅行に出かけ、何度となく夫に抱かれた。そしてその月、生理が止まった。

9ヶ月後に生まれてきた子は、元気な男の子だった。赤ちゃんの目を見た瞬間、私は夫にこう尋ねた。

「ねえ、この子の名前、拓海でいいかしら?」

「いいねえ。どういう漢字?」

「開拓の『拓』に『海』っていう字。なんか強い目をしてる子だから、そうしたいのよ」


#短編恋愛小説 #恋愛小説


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