あなたは白シャツが一番よく似合っていた
あなたは、白シャツが一番よく似合っていた。
童顔にアンバランスな太い二の腕。
器械体操で鍛えた体を覆う白シャツが、あなたをとてもセクシーに見せた。
それなのにあなたは自分のセクシーさに少しも気付かず、いつも冗談ばかり言ってたっけ。
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あなたと私の関係は、控えめに言って最高だった。あなたは私のことをいつも大切に思ってくれていたし、私もあなたが大好きだった。いつも支えてくれて、私は安心だった。
だから、卒業したらきっと結婚するって思ってた。
でも就職してしばらくすると、あなたは少しずつ変わっていったんだ。表情が暗くなり、愚痴が多くなった。そして私はだんだん、あなたに会うのを辛く感じるようになっていった。
今考えれば、職場に馴染めずに悩んでいただけなんだよね。
でも、私だって就職したばかりで、愚痴を聞いて欲しかったんだ。
そんな余裕はあの頃のあなたにはなかった。私はいつしか、自分の言葉を飲み込むことが多くなり、あなたの愚痴を聞いてばかりいた。
ある日、デートを誘いを断ると、そこから坂道を転がり落ちるように、関係がギクシャクとしていった。
あなたとたくさん話したいことがあったはずなのに、受話器越しに話しているうち、いつも喧嘩になってしまったよ。
あなたが会社を辞めると言い出した時、私はすごく驚いた。
そんなことをしたら、私はあなたのことを両親に紹介できなくなってしまう。厳格な父は、就職3年目で転職をするような人との結婚を許すはずがない。思い留まるよう、何度も説得したっけ。
でも、あなたは私の説得に耳を傾けようともせず、2月のある寒い日に、会社を辞めてしまった。だから私は、別れを匂わせ始めた。でもあなたは悟ってくれなかった。
仕方なしに私の部屋で別れを切り出すと、あなたはひどく動転し、以前私の誕生日にくれたランプシェードを叩き壊してこう叫んだ。
「なんで、いきなり別れるなんて言い出すんだよ。
「……。」
「どうしても別れるっていうなら、これまでの時間を返せよ!」
「ひどい……。」
「ひどいのは彩耶のほうだろ!」
こんなふうに別れたくなかったけど、修羅場になるしかないみたいだった。
「俺の何が気に入らないんだよ!」
私の気も知らないで愚痴ばかりこぼしているところが嫌なんだよ、って答えたかったけど、そんなふうに本当のことを告げたら、一体どうなってしまうのだろう?
「…….。別にあなたが嫌なんじゃなくて、あなたと一緒の将来を考えられないだけだよ。」
「俺の何がいけないんだよ? なんでも直すから言ってくれよ!」
最後にこんなあなたの姿を見たくなかった。でも、はっきり言わない限り、終わりそうにない。
「あのね、もう終わりなの。わかるでしょ?」
私がそういうと、あなたはアパートの窓を開け放った。
青白い顔と、血走った目が怖かった。私が逃げようとすると、あなたは私を鷲掴みにして軽々と持ち上げた。大好きだったはずの逞しい手が、万力のように私の腕に強く食い込む。
「一緒に死のうぜ」
あなたは私を持ち上げたまま、開け放った窓へと歩み寄っていく。どうやら、私を投げ落とすつもりらしかった。
でも、不思議と怖くなかった。
「殺したいなら殺せばいいわ。いずれにしても、私はもうあなたには戻らない」
私は冷たいトーンでそう言い放った。あなたはしばらく立ち尽くした後、私をゆっくりと下ろした。頬には涙が流れていた。白いシャツの背中がひどく小さく見えた。
そしてこれが、あなたと会った最後の日なった。
それから何度か未練がましい電話があったけど、私はその都度あなたのことを、けんもほろろに扱った。「僕がもしも自殺したら?」と訊かれた時には、「もしもあなたが死んでしまったとしても、私は二度と振り返らない」って答えたっけ。
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この間、紗枝ちゃんからあなたの近況を聞いたよ。なんでも業界の有名人だとか。さすがだなあ。
私ね、あなたのことをあんなひどく振ってしまったというのに、今でも人混みで、白シャツのあなたを探してしまいます。
あなたと別れた後、残念な時間を過ごしてきたよ。人生をドブに捨ててしまったように思う日もある。でも、あなたを振ったのは私なんんだから、自業自得だよね。
いつまでも、白シャツが似合うあなたでいてね。
遠くから応援してるから。
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