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辰巳くんの年賀状(3分小説)
校庭の隅、枯れ草に覆われた小さな土の丘から辰巳くんは冬空を見上げていた。灰色の雲が低く垂れ込め、時折、冷たい風が彼の頬をかすめる。耳には昼休みのざわめきが遠くに響き、クラスメイトたちの笑い声が木々の間で反響する。
「たつみ、たつみ、辰巳くんはたつみが続く~」
その声も、もう聞き慣れてしまった。背中を丸めて、辰巳くんはポケットの中の折れ曲がった年賀状を握りしめた。図書室で借りた万年筆で書いた字は、何度も書き直した跡が滲んでいる。紙からほんのり漂うインクの匂いが、彼の心を少しだけ落ち着けた。
送り先は隣の席の栞ちゃん。栗色の髪を肩まで垂らした小さな彼女は、辰巳くんにとってこの世界で一番輝く存在だった。だが、彼女の顔を見るたび、心に浮かぶ言葉がぐしゃりと崩れる。だから、何度も何度も書き直した。
「明けましておめでとう。今年もよろしく。」
月桂樹のイラストが印刷されたカードにはそう書かれていた。これでは普通すぎる気がした。それで、鉛筆の先でそっと上から重ね書きする。
「明けましておめでとう。今年もよろしく…一緒に楽しい時間を過ごせるといいな。」
何かが足りない気がして、もう一行。
「辰年と巳年が続く僕だけど、笑わないでくれる君が好きです。」
彼はため息をつきながら万年筆のキャップを閉じた。書き終わったその瞬間から、これを渡す勇気があるのか、自分でもわからなかった。ただ、栞ちゃんの机にそっと置かれた年賀状が風に吹かれる情景だけは頭に浮かんだ。心臓がぎゅっと縮む。
その日の放課後、辰巳くんは教室を出るときにふと振り返った。薄暗くなった窓辺で、栞ちゃんが彼の置いた年賀状を静かに読んでいた。風が吹き抜け、紙がわずかに揺れる。彼女の横顔が柔らかい夕陽に照らされて、わずかに微笑んだ気がした。
辰巳くんは静かにその場を後にした。その胸には、小さな温かさが宿っていた。それが嬉しさなのか、不安なのか、彼にはまだ分からなかった。
冬の冷たい風が吹き抜けたけれど、その中にほのかな春の匂いが混じっているように思えた。