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虎とダリア⑥

前回のあらすじ

西園寺雫は父との対話を経て、虎との関係を守るための第一歩を踏み出した。一方、虎は西園寺家から送りつけられた脅迫や監視に怒りを募らせながらも、雫を守る覚悟を固める。そんな中、再び現れた西園寺家の手先は「雫から手を引け」と脅迫し、虎の周囲すべてを壊すと宣告する。しかし虎は「失うものはない」と言い切り、雫だけは守り抜くと決意を示す。迫る危機の中、二人の信念が静かに燃え上がり始めていた。

第十一章:燃え上がる決意


その夜、虎の電話が鳴った。ディスプレイに映る「雫」という文字を見た瞬間、虎の苛立ちが少し和らぐ。彼女の声を聞くと、どこか緊張が和らぐことを自分でも感じていた。

「八神さん……」

受話器越しの雫の声は、いつもより低く、弱々しい。

「どうした?」

「父が……さらにあなたに圧力をかけると言い出しました。周囲の人たちにまで……影響が出るかもしれません」

彼女の声は震えていた。それを聞いた瞬間、虎の中で冷静さが吹き飛んだ。

「どこまでふざけてやがるんだ……!」

怒りを抑えきれず、テーブルを叩く音が響く。電話越しの雫は、その音に少し怯えたようだった。

「……私のせいです」

「違ぇよ、雫」

虎は彼女の言葉を遮る。声に怒りの熱を滲ませながらも、そのトーンには優しさも含まれていた。

「お前のせいじゃねぇ。悪いのは、あいつらだ。俺たちのことを何も知らねぇくせに、勝手に決めつけて、力で押さえつけてくる連中だ」

一瞬、電話越しに静寂が訪れる。その後、雫の声がかすかに震えながら返ってきた。

「……でも、私はあなたにこれ以上迷惑をかけたくない……」

「迷惑だなんて思ったことねぇよ」

虎は静かに答えた。だが、その静けさの奥には、燃えるような決意が込められていた。

「俺は、お前を守りたいだけだ。それが迷惑だってんなら、悪いが、俺は一生迷惑をかけ続ける」

その言葉に、雫はしばらく何も言えなかった。そして、やっとのことで小さく呟く。

「……ありがとう」

その一言を聞いて、虎は目を閉じ、深く息を吐いた。

「気にすんな。俺は俺のやりたいことをやるだけだ」




翌日、虎はかつての喧嘩仲間たちを一人ずつ訪ねた。どれだけ距離を置いていても、頼れる相手がいることを、虎はかつての自分の経験から知っていた。

「お前、最近すっかり大人しくなったと思ったら……何してんだよ」

古びたバイクショップで出迎えた男は、油汚れのついた手を拭きながら虎を見た。その視線には懐かしさと警戒が入り混じっている。

「力が必要なんだよ。お前も分かるだろ?」

虎の一言に、男は笑みを浮かべた。

「分かるよ。でも、そっちは相当デカい相手なんだろ? 大丈夫なのか?」

「ああ、こっちには守りてぇもんがある。それだけだ」

その言葉に、男はしばらく黙っていたが、やがて大きく頷いた。

「分かった。協力してやる」

虎はその場で握手を交わし、かつての仲間たちを一人、また一人と集めていった。


一方、雫も動き出していた。家族や財閥の秘密を暴露するリスクを背負いながら、彼女は父親の不正を証明するための資料を集めていた。その行動の中で、雫の中にはある確信が芽生えていた。

「私は……自分の人生を選ぶ」

彼女の声には、かつてのような迷いはもうなかった。



第十二章:嵐の夜に――決着の始まり


その夜、町を覆い尽くすような暗雲が空に立ち込め、冷たい風が不穏に吹き荒れていた。ぽつぽつと降り始めた雨が街灯に反射し、濡れたアスファルトにぼんやりとした光の筋を描いている。静けさの中に潜む緊張感が、まるで空気そのものに重さを与えていた。

八神虎は、仲間たちとともに路地裏の狭い空間に立っていた。スーツ姿の男たちが次々と姿を現し、その背後には黒塗りの車が静かに並んでいる。その光景は、彼らの背負う権力を象徴しているかのようだった。

「……やっぱり、こうなるか」

虎はポケットに手を突っ込み、冷えた空気に触れる指先の感触を感じながら呟いた。彼の隣では、バイクショップの友人である城島が煙草をふかし、低く笑う。

「どうするよ、虎。全員ぶっ飛ばしてやるか?」

「そう簡単にゃいかねえだろ」

虎はふっと笑いながらも、視線を鋭く前方に向けた。その目には、何かを賭ける覚悟が宿っている。

その時、黒塗りの車から一人の男が降り立った。西園寺家の執事長と呼ばれる初老の男だった。黒い傘をさしながら、まるで舞台の中央に立つ役者のような堂々とした足取りで虎の前に進み出る。

「八神虎さん。これ以上、愚かな行動を続けるつもりですか?」

その静かで冷ややかな声は、まるで雨音に紛れるかのように淡々と響いた。

「愚かな行動、ねぇ……」

虎は鼻で笑い、傘の向こうの男を見上げる。

「お前らが、力で人をねじ伏せようとしてんのが愚かじゃねえってんなら、俺は喜んで愚か者をやってやるよ」

執事長の表情が一瞬だけ硬くなった。その瞬間、虎の仲間たちが一斉に背筋を伸ばし、男たちの背後を牽制するように睨みつける。

「勝手にやらせると思ってんのかよ」

城島が吐き捨てるように言い放ち、地面に煙草を押し付けて消した。その足元には油臭いブーツが泥まみれになっている。

執事長は軽くため息をつきながら、冷たい目を虎に向ける。

「西園寺家の名に泥を塗るような真似を、これ以上許すわけにはいきません。八神さん、今すぐお嬢様と距離を置きなさい」

虎はしばらくその言葉を聞いていたが、やがて視線を鋭く執事長に向ける。

「なぁ、あんた。雫がどんな思いで生きてるか、分かってんのか?」

執事長は答えず、ただ冷ややかな沈黙を返した。その態度が虎の怒りにさらに火をつけた。

「雫はな、あんたらの思い通りになんかならねぇよ。俺だって、あいつの人生を奪おうとする奴なんか、絶対許さねぇ」

虎の声には、これまでの人生で積み重ねてきた怒りと、雫への深い思いが重なっていた。




一方、雫は西園寺家の邸宅の中にいた。豪奢な大広間には重厚なシャンデリアが吊るされ、絨毯の上に並ぶ家具はすべて高価な装飾が施されている。その中で、彼女はたった一人で父親と向き合っていた。

「……父様、もうやめてください」

雫の声は震えていたが、その瞳には揺るぎない決意が宿っている。彼女は胸元で小さな封筒を握りしめていた。それは、父親の不正を証明する証拠が入ったものだった。

「八神さんや、彼の周囲の人々に危害を加えるようなことを、これ以上続けるなら――私はこれを公にします」

父親は険しい顔つきで雫を睨みつけた。その視線には、威圧と怒りが込められている。

「雫……お前が何を言おうと、西園寺家の名を守るのが私の役目だ。それを傷つけるような真似をお前がするなら――」

「家の名なんて、私には関係ありません!」

雫は父親の言葉を遮った。その声には、彼女自身の人生を取り戻すという強い意志が込められている。

「私は、八神さんと共に生きることを選びました。それがどんな結果を招こうと、私は後悔しません」

父親は言葉を失ったかのように沈黙した。その間に、雫は封筒をテーブルの上に置く。

「ここにあるのは、あなたが不正に関与した証拠です。これを公にされたくなければ、八神さんをこれ以上追い詰めないでください」

雫の指先が微かに震えているのを、自分でも感じていた。それでも彼女は、父親から目を逸らさなかった。

「……お前、本気か」

父親の声は、これまでとは違うトーンだった。そこには、娘に対する驚きと、一抹の恐れが混じっていた。


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