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54歳、ガチャを回すLast

前回のあらすじガチャの効果で和夫の人生は一変し、女性から注目されるようになる。職場でも人気を集め、若手社員の佐藤からの誘いを受け、一夜を共にする。和夫はこの力が本物であることを確信し、さらなる欲望を抱く。

再びガチャを回し、「宝くじの当選予想」を手に入れた和夫は億万長者へと成り上がる。名声と富を得たものの、元後輩・後藤の成功を知り、嫉妬と怒りに駆られた和夫は、彼を潰すために再びガチャの力を求めてゲームセンターへ向かう。欲望と復讐心に支配された和夫の行く末には、不穏な影が漂い始める。



第四章:復讐の決意

冷え込んだ夜の路地は静寂に包まれていた。濁った月光が薄暗い壁を照らし、影が長く伸びる。その中を木下和夫は、息を荒げながら歩いていた。

寒さは感じない。全身に渦巻く怒りと嫉妬が、和夫を燃やしていた。彼の頭の中にはただ一つ――後藤を潰すことだけが浮かんでいた。

「俺がどれだけ努力してきたと思ってるんだ……!それなのにあいつは……」

手には脂汗がにじみ、指先が震えている。これまで味わったことのない感情に飲み込まれ、理性はとっくに吹き飛んでいた。

やがて寂れたゲームセンターが視界に入る。壊れかけた看板は薄い光を放ち、その奥にあるドアは不気味な静寂をたたえていた。

「……またここに戻ってきたか……」

和夫は自嘲気味に笑った。恐怖や疑念などとうに消え失せている。彼を突き動かしているのは、ただ「奪いたい」という欲望だけだった。




ゲームセンターのドアを押し開けると、埃臭い空気が鼻をついた。壊れたゲーム機、割れたガラス、散乱する紙屑――それらすべてが初めて来たときと変わらない。

奥に進むと、輝くガチャガチャが視界に飛び込んできた。機械の周囲だけが異様な光を放っており、まるでそれ自体が生きているかのようだった。

筐体のスピーカーから低い声が響く。

「また来たのか、和夫。随分と執着しているようだな……」

その声には嘲笑の響きが含まれていた。

「いいから回させろ!」

和夫は声を荒げ、筐体に詰め寄った。

「ずいぶん短気だね……それで、今回は何が欲しい?」

「後藤だ!あいつを潰す力だ!」

和夫の目は血走り、顔は怒りに歪んでいる。筐体はしばし沈黙した後、再び低い声で問いかけた。

「潰す、か。だが、前にも言った通り、ガチャの結果が望み通りになるとは限らない。それでもいいのか?」

「いい!それでもいい!あいつが俺より上にいるなんて耐えられないんだ!」

和夫は叫んだ。喉がひりつき、声がかすれる。それでも怒りが尽きることはなかった。

「よかろう。だが、お前の寿命はもう残り少ないぞ……」

「構わない!全部使ってもいい!」

和夫はハンドルを掴み、力いっぱい回した。筐体が唸りをあげ、音が部屋中に響き渡る。やがて、一つのカプセルが落ちてきた。

震える手でそれを拾い、蓋を開ける。中に入っていた紙を広げた瞬間、和夫の顔に狂気じみた笑みが浮かんだ。

「1回だけ妬ましい相手の成功を妨害することができる」

「……これだ……これで奴は終わりだ……!」

紙を握りしめ、和夫は再び意識を失った。




目を覚ますと、和夫は自宅のベッドに横たわっていた。いつもの天井が目に入るが、その視線はすぐに自分の手に向けられた。そこには「妨害チケット」と書かれた紙片がしっかりと握られている。

和夫はベッドから跳ね起き、服を着替えるとすぐに外に飛び出した。行き先は一つ――後藤の会社だ。

後藤の会社は都心にある立派なオフィスビルだった。和夫はその前に立ち尽くし、ギリッと歯を噛み締める。

「こんな……でかい会社を建てやがって……!」

胸の奥で煮えたぎるような怒りが再び燃え上がる。和夫は手にした妨害チケットを強く握りしめた。そして目を閉じ、全身の力を込めて念じた。

「後藤の会社が潰れろ……すべてを失え……!」

手の中のチケットが熱を帯び、強烈な光を放ち始める。その光は徐々に消え、チケットは跡形もなくなっていた。

和夫はその場に立ち尽くし、荒い呼吸を整えながら不敵な笑みを浮かべた。

「これで……終わりだ……」




その夜、テレビのニュース速報が流れた。

「IT企業『後藤システムズ』が突然の資金難により倒産を発表!」

画面に映し出されたのは、憔悴した顔で記者会見に臨む後藤の姿だった。和夫はテレビの前で拳を握りしめ、狂ったように笑い出した。

「ざまあみろ!これで俺の勝ちだ!お前なんかに成功は似合わねえんだよ!」

笑いながらウイスキーを注ぎ、一気に飲み干す。勝利の余韻に浸る和夫だったが、その胸には小さな違和感が芽生え始めていた。それは虚しさだった。

「これで……本当にいいのか……?」

そんな疑念を振り払うかのように、和夫はグラスをもう一杯傾けた。




半年後――。和夫は、またしてもテレビで後藤の名前を目にすることになる。

「元IT企業経営者・後藤、再び成功。新会社の時価総額50億円突破!」

そのニュースに、和夫の手にしていたグラスが滑り落ちた。ガラスが床に散らばり、ウイスキーが滲み込む。

「なんでだ……なんでだ……!」

後藤の映像が映し出される。スーツ姿で満面の笑みを浮かべ、再び成功を掴んだ男。和夫の胸に抑えがたい怒りと嫉妬が押し寄せた。

「こんなはずはない……俺が潰したはずだ……!どうしてまた成功する……!」

その怒りに突き動かされ、和夫は再びゲームセンターへ向かう決意を固めた。



第五章:最後の賭け

夜空は曇りに覆われ、月明かりすら路地を照らさない。冷たい風が吹き抜ける中、木下和夫は怒りと嫉妬で燃え上がった瞳をぎらつかせながら、寂れたゲームセンターに向かって歩いていた。

空気が重い。吐き出した息が夜闇に白く溶けて消える。和夫の足音だけが路地裏に響き渡り、薄汚れたビルの隙間を抜けるたびに、彼の心臓の鼓動がどんどん早くなっていく。

「……後藤……許さない……!」

ぶつぶつと呟く和夫の顔は青白く、頬はこけ、目は血走っていた。あのニュース映像が脳裏をよぎる。スーツをきっちりと着こなし、カメラの前で自信満々に語る後藤――かつて和夫の後輩だった男。

「あいつがまた成功するなんて、ありえない……ありえない……!」

嫉妬と憎悪が和夫を駆り立てていた。そして彼の目の前には、かつて自分を救った――いや、破滅へと導いた――あのゲームセンターが現れた。

赤く錆びついたネオン看板が弱々しく点滅している。その下にある扉は、あの夜と変わらず薄暗く、重たそうに佇んでいた。和夫はためらうことなくその扉を押し開けた。




店内の空気は湿っぽく、埃と黴の匂いが鼻を刺した。壊れたゲーム機が壁際に並んでいるが、どれも画面はひび割れ、電源も入っていない。その奥に、唯一不気味な輝きを放つものがあった――あのガチャガチャだ。

筐体はまるで和夫を待っていたかのように、淡い青白い光を放ち、静かに佇んでいる。その存在が周囲の暗がりを押しのけ、空間を支配していた。

「……また来たのか、和夫よ」

機械的な声が筐体から響いた。その声はまるで勝者が敗者を嘲笑うような響きを持っていた。

「いいから回させろ!」

和夫は怒りに震えた声を上げ、ガチャに近づいた。

「今度こそ……今度こそ後藤を潰す力を手に入れてやる……!」

筐体は短く機械音を鳴らし、冷たい声で答えた。

「お前の寿命はほとんど残っていない。それでも構わないのか?」

「構わない!寿命なんていらない!俺のすべてを使ってもいい、だから……だから俺にあいつを潰す力をくれ!」

声は震えていたが、それは恐怖からではない。怒りと焦燥が和夫の理性を完全に飲み込んでいた。

筐体は沈黙した後、淡々と告げた。

「……よかろう。お前に残されたものすべてを捧げる覚悟があるのなら……最後のガチャを回せ」

和夫は震える手でハンドルを掴んだ。その冷たい感触が手のひらにじっとりと汗を滲ませる。

「……これが最後だ……すべてを終わらせてやる!」

和夫は力いっぱいハンドルを回した。筐体が大きく唸りを上げ、内部のギアが回転する音が空間に響き渡る。やがて、一つのカプセルがゴトリと落ちてきた。

和夫は急いでそれを拾い上げた。カプセルの中にある小さな紙を取り出す。震える手でそれを広げた瞬間――。




和夫の目は紙に釘付けになった。だが、そこに書かれていた内容を見た瞬間、血の気が引いていく。

「駄菓子屋のガムの当たり的中率永続100%」

「……なんだ……これ……?」

呆然とした声が口から漏れた。目をこすり、もう一度紙を見た。しかし内容は変わらない。

「ふざけるな……!これは何の意味があるんだ!」

和夫は叫び声を上げ、カプセルを床に叩きつけた。だが、それでも紙に書かれた言葉が変わることはない。

「俺は……後藤を潰す力が欲しいって言ったんだぞ!」

筐体から再び声が響いた。その声はまるで薄ら笑いを浮かべるかのような冷たさだった。

「言ったはずだ。当たりもあれば外れもあると。お前がそれを受け入れた結果だ。文句を言う権利はない」

「ふざけるな……!お前が細工したんだろう!」

怒りに駆られた和夫は筐体を殴りつけた。しかしその手応えは冷たく硬い金属そのもので、何の変化も与えられない。

「もう一度だ!もう一度回させろ!」

「それは無理だ。お前の寿命は……もう尽きた」

その瞬間、和夫の全身が急速に冷たくなった。体から力が抜け、膝を突く。視界がかすみ、音が遠ざかる。

「……俺は……こんなところで……終われるわけが……ない……」

和夫の声は次第に弱くなり、最後には完全に途切れた。




目を覚ますと、和夫は真っ白な空間にいた。どこまでも続く白い壁、白い床――それ以外には何もない。彼の体も透明な霧のように淡く、存在の輪郭がぼやけている。

「……ここは……どこだ……?」

声を出したはずなのに、その音はどこにも届かない。耳を澄ませても何の音も聞こえない。ただ静寂だけがその場を支配していた。

そこに再び、あの機械の声が響く。

「和夫よ。お前はすべてを失った。そして残されたのは何もない。この真っ白な世界が……お前の最後の居場所だ」

和夫は声にならない叫びを上げた。

「俺は……俺はもっと……!」

だが、その声も次第に薄れていく。和夫の体はさらにぼやけ、ついには光の粒子となって虚無の中に溶けていった――。



エピローグ:欲望の終焉

白い世界が静寂に包まれ、和夫の存在が光の粒子となって消えた後、その場には何も残らなかった。どこまでも続く白い虚無だけが広がる。しかし、その沈黙を破るように、不意に冷たい機械の声が響いた。

「和夫よ……すべてを失い、すべてを終えた。愚かな欲望の末路だ。だが……これはお前だけの話ではない。」

ガチャ筐体はゆっくりと光を放ち、再び新たな犠牲者を待つように沈黙を守った。しかし、その光景の向こう側――どこからともなく、異質な声が響き始める。

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「いかがだったでしょうか。人間、平凡に生きていると気づかないものですが、欲望というものは、必ずどこかに潜んでいるものです。」

その声はどこか不気味で、冷たい笑みを含んでいた。

「もし、何の努力もせずに欲望が満たされるとしたら……あなたはどうしますか?制御できますか?急に力を手に入れたとき、人間はその欲望に飲み込まれ、いつしか自分を見失うものです。」

声はさらに鋭く、挑発するように続ける。

「ちなみに、カトリックでは七つの大罪という概念がありますね。傲慢、嫉妬、憤怒、怠惰、貪欲、暴食、色欲……。この和夫という男は、そのすべてを犯しました。そしてその結果――死を迎えました。」

声の調子は軽快なものに変わり、不気味な笑みを浮かべているかのようだった。

「さて、あなたはどうでしょうか?もし、あなたの目の前に同じガチャが現れたら……欲望を制御できますか?それとも、和夫と同じ運命を辿りますか?」

そして最後に、声は少し笑いを含ませてこう締めくくった。

「あなたは、そうならないように十分にお気をつけくださいね?……ふふふ。

声が途切れると同時に、ガチャ筐体の光が再び強く輝き、まるで新たな誰かを誘うかのようにその存在を主張し始めた――。



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