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最後のあいさつ🌠

「アートの世界は、身内の顔出しは控えた方がいいのよ」
母はよく言っていた。

舞台の世界では、毎回観に来る身内と、滅多に観に来ない身内(都合がつかないのではなくあえて来ない、来ても顔出しは控える)は、はっきり分かれる。

母はどちらかというと後者だった。
沢山あったダンスの舞台で母が観に来たのは、最初と最後だけだった。

レストランショーでは、フィナーレ、ディスコタイム、ダンサー紹介、写真撮影というものがあった。
フィナーレが始まる前のタイミングで帰っていたので、私がお客さんに向かってどんな顔でお辞儀をしていたのか?母は一度も見たことがない。
ディスコタイムで各テーブルを回った時に、私が照れ臭そうな対応をすると親だとバレてしまうので、踊りだけ観てサッと帰ったのだと思う。

最初の舞台は「初の晴れ舞台だから」、最後の舞台は「これが最後だから見届けなければ」という気持ちだったと思う。

元フィギュアスケート選手の鈴木明子さんのお母様も「娘の試合は直接観たことがほとんどありません。今回が最後の全日本選手権なので…」と言っていた。
最後の全日本選手権で、画面に映った凛とした着物姿のお母様が、とても印象的だった。

「これが最後だろう」と確信してその日を迎えたのは、この世で母と私だけだった。

最後の舞台はそれまでの舞台とは違い、大親友と母2人だけを招待した。
メンバーには「感謝している人を呼んだ」ということにしておいた。
自分さえ喋らなければ、最後まで母とバレることはない。

20時開演のショーだったので、全て終わってホテルに着いたのが夜中だった。
観に来てくれた親友から写メが届いて、おやすみ💕のLINEをし合った。
でも母からは、その日も翌日も何もLINEは送られてこなかった。

メンバー同士のグループLINEにも返信したりしてバタバタだったので、特にそれは気にしていなかった。
親だし、時間のある時にLINEを送ればいいやと思っていた。

翌日、親友から改めてLINEが届いた。
「実はお母様、○○ちゃんがステージに上がった瞬間、ハンカチを取り出して涙を拭っていらしたんだよ」と🤯

え⁉️涙⁉️しかも踊る前から⁉️

実はその1ヶ月前から母の体調が優れなかったので、「無理しなくてもいいよ」と言ったのだが、「親をばかにするんじゃない!絶対に行くから」と返された。

食が細いので他人と食事をするのが重荷だ…と昔から言っていた。
「レストランショーだからフードを頼まないといけないんだけれど、シェアできるサッパリ系のサラダとかナッツとかもあるから、そういうのにしたら?」と、メニューを調べて提案した。
でも母は「物事にはTPOというものがある。私を誰だと思っているの。」と😳
その時は、その言葉の意味がよく分からなかった。

親友に「母はまともに食べられていなかったでしょ」と言うと、「いやいや、美味しいー!と言いながらチーズナンを何枚も召し上がっていて、カレーも頼んで一緒につけて食べたんだよ」と。

チーズナン⁉️カレー⁉️

その時の状況からして、そんなずっしりくるようなものを食べられるような体調では決してなかったはずだ。

親友から送られてきた写メを見ると、本当にチーズナンとカレーだった。
そのお店は種類豊富なカレーと、一皿に何枚もあるボリューミーなチーズナンがウリだった。

目を疑った🫢
別にいち客が軽めのフードを注文したからといって、誰かに咎められるわけではない。
でも、私の名前で席を確保しているので娘の顔に泥を塗るわけにはいかない!の一心だったのだろう。

会場に向かう途中、池袋の混雑したデパ地下で(おまけに金曜日)、親友に手土産を買って行ったそうだ。
あの足でどうやって池袋のデパ地下を歩き回ったのか?どんなに考えても、いまだに分からない。
「手土産を選ぶのにあんなに時間をかけたのは人生で初めてだ」と言っていた。

親友にも一切気を遣わせることなく楽しい時間を過ごしたようで、「どこからどう見てもお母様はお元気にしか見えなかったよ」と言われた。

そして開演前、「娘は○○さんを心から信頼しています。どうか娘をこれからもよろしくお願いします🙇‍♀️」と言ったそうだ。
初対面ではないのに改まってそんなことを言われて、親友は少々驚いただろう。

「実は足が悪くてね…おそらく行きも帰りも相当時間がかかったと思うけれど…」と言うと、「お母様、足が悪いの?!私の前ではスタスタ歩いていたよ💦」と。

もはやホラーだ😨
何もかも信じられないことばかりだが、どれも真実だ。
カレーとチーズナンを見ると思い出す。

人間の強すぎる想いと最後に発揮する底力のようなものを感じた…🌋

あれから一年後、母はもうよたよた歩きしかできないし、言ったそばから忘れることも増えた。
私世代の親だと、まだまだお元気で旅行にあちこち行っている人達の方が多い。
こんな時父がいてくれたらな…と思う時もある。似たような年齢の元気に歩く母娘を見るとちょっぴり羨ましいし、悲しくもなる。

でも、あの日最後の力を振り絞って母親として大親友に最後のあいさつをした姿を想像すると、辛くても現実から目を背けてはいけない…。

今日はあの日と同じ場所で、メンバー達のショーがあった💃
1年前の動画を何度も見返しながら、昨日のことのように思い出していた…🫠



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