見出し画像

【記念日掌編】月に抱かれ

十五夜の夜、私は特に何も考えずにカーテンを閉め、早々にベッドに入った。月を見上げることもなく、ただ疲れた体を横たえた。眠気はすぐに訪れて、あっという間に意識が遠のいた。

けれど、深夜二時。突然目が覚めた。理由はわからなかったけれど、何かが私を引き戻したのだろう。部屋の中はいつも通りの静けさに包まれている。ただ、カーテンの隙間から、思いがけないほど強い月明かりが差し込んでいた。

ああ、月がこんなにも眩しいのか、とぼんやりと感じた。普段なら、そんな光の強さに気づくことはなかったはずだ。私は普段、月なんて見ることも少ないし、ましてやそれを意識することなんてなかった。でも、その夜だけは違った。

ぼやけた視界の中で、月の光がまるで手を伸ばして私に触れてくるような気がした。私は視力が悪いから、窓の外の月も輪郭が滲んでいる。それでも、その光は私をしっかりと包み込んでいるように感じた。眩しすぎて目を細めながら、布団の中でじっとその光を見つめていた。

35歳、独身、処女、一人暮らし。恋愛とは無縁の生活をずっと続けてきた。ロマンスなんて、ドラマの中の話で、現実には訪れることのないものだと半ば諦めていた。友達は次々と結婚し、子供を持ち、私はそんな彼女たちの笑顔を眺めながらも、自分には別の道があるのだと思い込んでいた。

でも、この夜だけは違う。まるで月が私を優しく抱きしめてくれているような、不思議な感覚が胸に広がる。誰にも頼らず、誰にも甘えず生きてきた私が、今は静かに月の光に守られているように感じる。暖かさとは違うけれど、確かに感じる心地よさ。

目を閉じると、月の眼差しがまだそこにある。私を見守ってくれているような、静かな強さがそこにある。

布団に包まりながら、ふと心の中でつぶやいた。こんな夜も悪くない。誰かに抱かれることもない私だけれど、今はこの月に抱かれている。それだけで、十分なのかもしれない。ずっと一人で生きてきたけれど、こうして夜の中で誰かに見守られている気がするのは、初めてかもしれない。

再び目を閉じたとき、月の光はまだ私の心をそっと照らしていた。そして、私はそのまままた、静かに眠りへと戻っていった。

【桃井】


【文学フリマ東京39 出店します】

サークル名:レゲパン
📍ブース:え-41〜42
🗓12/1(日) 12:00〜開催
🏢東京ビッグサイト西3・4ホール
📕イベント詳細→ bunfree.net/event/tokyo39/ c.bunfree.net/e/ckQ #文学フリマ東京

いいなと思ったら応援しよう!