変化
「もううんざりだ……」
神崎という男は呻いていた。内見に行った時は正常だったはずのマンション。
海の近くへ引っ越した先の我が家が一変していたことに気づいたからだ。
マンションは二十階ほどある比較的新しい建築物。部屋は2LDKと一人暮らしにはやや広めの空間が広がっていた。
細長い廊下を抜けて見えた先にあったのはキッチンとリビング。その横に二部屋あるが、そのうちの一つがやや薄暗い。
カーテンもまだつけていない、日当たり抜群のはずの窓にあったのは真っ黒の影だった。
────そう、神崎には青空が広がった景色ではなく、暗闇しか見えていない。
「ここまで追ってきたのか、お前……」
暗闇から話しかけたら、そこから『にゃあ』と声が聞こえる。
しぶしぶ窓を開けて手を伸ばせば、ソレはパチリと瞬きして部屋の中に入ろうともがく。
「お前には無理だよ。身体がデカすぎて入らん」
真っ黒な目は、残念そうに鳴いてから離れていく。
そうしてようやく景色が見れた。
大きな真っ黒の猫が壁を伝って降りていく姿。それが見えない人間が「今日は風が強いな」と呟く声。
神崎はため息をついて猫を見送り、背伸びをした。
「幽霊見るより綺麗な景色眺めてたほうがいいもんだ」
海に浮かぶ奇妙な幽霊、海のそこから伸びるもの。そして屋根に這いずり回る怪物。奇妙な悲鳴を高らかに上げる生き物から目を反らして、神崎は空を見上げて笑ったのだった。