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#5店内に普通の方はいらっしゃいますでしょうか?-ストーカーたち-
ストーカーたち
「あれが〇の人についた人で、あれがこないだ〇階で騒ぎをおこした人で・・」とわたしは受付カウンターの前で受付さんに説明を受けながらフロアを見渡していた。
そのうちの一人はくしゃくしゃに丸めた紙を手のひらに乗せ、それを見つめながら能楽師のようにふよふよと私の前を通り過ぎた。
あなたはストーカーを生で見たことがあるだろうか。見ない方がいい人生の方がいいに決まっているが、わたしはこの時期にまとめて何人も見た。
なぜか建物の中で同時多発していた。
受付の人など、「公衆電話はあちらにございます」とひとことご案内しただけでオッサンに執着されたあげく、
施設の管理の人に「館に迷惑をかけないでください」などと理不尽なことを言われていた。
仕事をしただけなのにかわいそうすぎる。
私たちの店ももちろん、かわいそうすぎることになっていた。
美人の遠藤さんにストーカーがついた
もともと遠藤さんは自分にアプローチをしてくる男性に対する危機管理が甘かった。
店頭で話しかけられるとお客様だからと無下にできず、えんえんと話に付き合ったあげく、絵を描く仕事をしていることを話してしまう。すると男性たちはどうするかというと、なんやかやと口実をつけて怪しい仕事を依頼してくるのだ。お店のポスターや何かの冊子の表紙など。
私たちは二人交代制のため、夜にどうしても一人で接客する時間ができる。
彼らはその時間を狙ってくるのでわたしが睨みをきかせることもできない。(わたし自身は怖い雰囲気をカチッとライターの炎のようにコントロールして出す能力を身につけてしまっていた。)
だから遠藤さんに話しかける男たちのことを、私はほぼ彼女からの伝聞で聞く。姿をちらりと見かけた人も数人いたが、怪しかった。
この怪しさを鈍感な遠藤さんに説明することがものすごく難しかった。本能がなんとなくうったえてくることを、根拠もなくどう説明すればよいというのか。
「彼らは下心だけだからあまり話したり、仕事を受けたりしない方がいい」と言うだけでは聞き入れてくれなかった。
「相手はお客様だから」「仕事だから」と逆ギレされてしまう。
わたしはちょっとあきれていた。
明らかに下心しか見えないニヤニヤした人はお客様ではない。
今のわたしならもうちょっと厳しく、線引きするよう指示的なことも言えたかもしれないが、彼女の頑固さに疲れて好きにしてくれやと思ってしまった。
個人情報の取り扱いについて~何も知らせてはいけない~
わたしに報告された時には手遅れになっていた。
館内のカフェの男の子がストーカー化して、遠藤さんに膨大な量のメールを送り付けたため、サーバーがダウンして途中になって途切れたものを見せられたのが最初だっただろうか。当時の記憶は大変すぎて、時系列があいまいだ。
カフェ男子は何か創作活動をしていて(それも本当だったのか怪しい)、そのフライヤーかなんかのデザインをまかせたいと彼女に持ち掛け、外で二人きりで会ったりしていたらしい。そのうちつきまとわれ、頻繁に連絡がくるようになり、サーバーがどうにかなっちゃったところでやっとわたしに打ち明けたわけだ。
わたしは仕事の時は面倒で怖い人の役割だ。言い出しにくかったのは申し訳ない。
しかし、しかしだ。
あのさ。なに連絡先教えて二人で会ってんの?今も書いてて腹が立ってきた。ぱっと見た感じ、変な男の子(今でいう目がガンギマリ)だったじゃん。そう言うと、遠藤さんに「変な人なら教えてくれたらよかったのに」と逆切れされた。
いや、わたしは交流があることさえ知りませんでしたが。
わたしは、ずっと言ってきましたが?
鳥が飛んだ
プリントされたメールは支離滅裂で、どうやら勝手に二人は待ち合わせをしていたことに「彼の中で」なっていたらしい。
何時間も待っていた描写がつづく。
遠藤さんが待ち合わせに来なかったのが嬉しかった(?)、
電線に鳥が止まっていた、などJポップのダメな歌詞みたいな文章が並び、そして途切れていた。
私たちは話し合い、遠藤さんが夜一人きりで店頭に立たないようにシフトを組みなおしたり、カフェの店長に協力をおねがいしたり、現場でできることはすべて工夫した。
本社に「警察に相談したい」と連絡しても、答えが「大事にしたくないから警察に行かないでくれ」だったが、もうそういうレベルではなかった。
彼は自分の仕事中以外は彼女をずっと見ていたのだ。
建物の隙間から、ストーカーが同僚を見つめ続けている恐怖を訴えて、警察に行く許可をもらった。許可ってなんだ。なにかあったらどうすんだ。
「何か起こってからではすまない」が警察に行く前から始まっている。
神様っているんですよね?とは?
警察でも最初は、メールに露骨に性的な文言がないことや、暴力などの実害がないことから対応できないと言われたが、ストーカー対策本部の女性が頑張ってくれて、なんとか警告(何メートル以内に近づいてはいけない、など)に持ち込むことができた。
警告は、彼が仕事場の休憩室にいる時に行われた。
警察の人が帰ってから他のスタッフが様子を見に行くと、
彼は「神様っているんですよね」と言ったそうだ。
その後、あまり時を隔てずに遠藤さんは都会の支店に移動した。
ストーカーのことは関係なく前から決まっていたことで、お別れはさみしいが彼女の安全を考えると安心した。
しかし、なんとストーカーは遠い都会まで追いかけて行った。
〇メートル以内に近づいてはいけないを守り、店の正面から離れた建物の二階部分に座り込み、見回りに行った店長に「ここならいいんですよね」と言ったらしい。
ことの顛末は忘れたが、資金がつきた頃に帰ってきて同じカフェで働く女の子にターゲットを変えた後、店を辞めた気がする。
どれぐらいの期間悩まされただろうか。長く感じた闘いであった。
ものすごく大変だったが、けが人がでなかったのが不幸中の幸いである。
でも、ほんとうにわたしたちはどこにもケガをしなかったのだろうか。
多くのひとを巻き込んで、みなひとりずつ傷ついた。
ほんとうはこのパートを書く時にもっと面白おかしく書こうと思っていたが、書き始めたらあまりそうならなかった。
なにをもって、「さわがないでほしい」などと会社も警察も言えるんだろう。
こちらは大切な人の命がおびやかされてあんなに怖い思いをしたというのに。書いていてストレスのあまりチョコパイをたくさん食べてしまった。
炎を燃やす
怒って終わりもなんなので、美人の店頭モテ?エピソードの顛末ひとつをかいておこう。
彼女はおとくいさま連中(下心あり)に手紙で出勤最終日を伝えてしまっていた。
それを知った時、やめてほしかったけれどわかる気もした。
買い物をすることの中に、「このひとに会ってこの人から買う」があり、その対象になれることは販売のかえがたい喜びのひとつだ。
遠藤さんの場合、その多くが友情や信頼以外の感情を持っていたのは彼女のせいではない。(すこしはあるかも)
その中の一人が最終出勤日に遠藤さんに大きな薔薇の花束を持ってあらわれたらしい。
なのに薔薇男は数日後、今度はわたしにしつこく話しかけてきた。
わたしはがっかりしていた。なんなん。
おまえ誰でもよかったんか。
わたしは丁寧に対応し、笑顔でありがとうございましたと会釈をし、
カチッと目にスイッチを入れて「わたしは怖いですよ」の炎を強めに燃やした。
彼は二度とこなかった。
本当にあったことをベースにしたフィクションです。すべて仮名。あったかもしれないし、なかったかもしれない何十年も前のおはなし。