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酒場



高層ビルが立ち並ぶ活気づいたネオン街、その一角に佇む横丁。その界隈は今なお、かつての名残りが遺されている。サラリーマンの康吉やすきちは行きつけの赤提灯あかちょうちんの店、酒場へと導かれた。

屋号『大衆酒場・のん兵衛』(架空店とする)

康吉は引き戸を開け、暖簾のれんをくぐると景気よくおやじさんが迎えてくれた。
右側にカウンター、通路を挟んで左側は座敷席、奥がトイレというレイアウト。

店主マスター「へいっ、らっしゃっいっ!!あっ!毎度どうも!どうぞ!」
ニコニコと愛想のいい、いつもの店主。

康吉はカウンター席へと座った。一番奥の席にには常連客のゴローさんが座っていた。軽く会釈を交わす康吉、カウンター越しにはボトルキープされた酒瓶が所狭しと並んでおり、その上には筆字で書かれたメニューの札板ふだいた。左手を上げた招き猫や達磨だるま、吊るし凧、あるじが釣り上げた魚拓などが飾られている。焼き鳥を焼く匂いと煙…まな板を叩く包丁の音、客の話し声、それら全てが酒場特有の雰囲気を醸し結集されている。

おやっさん!とりあえず生一つ」

店主「はいどうもっ!」

のん兵衛のママがカウンター席のテーブルにおしぼりとお通し、冷えた生ビールが入ったジョッキを持ってきた。

ママ「はい、どうぞ〜」

康吉「あっどうも」
お通し、里いもとイカの煮物だ。
「おっ、美味うまそう!」

ママ「煮込みましたよ、3時間!味が染みてますよ」

「最高ですね」

ママ「ご注文何します?」

康吉「ん〜っ……モツ煮込みと焼き鳥2〜3本とりあえずそれで…」

「2〜3本ね…」

康「ねぎま、モツ、つくねはタレで…」

康吉はジョッキを手に持った。黄金色に輝いているビール、上部は雲のように泡立っている。康吉はジョッキ片手に半分ほど一気に飲んだ。ホップの香り、喉越しに伝わる炭酸の刺激が咆哮を促す。

おやじ「なんだい、今日は随分と景気いいじゃねぇか、なんかいい事でもあったん?」

康「いや〜、パチンコで勝っちゃって…、座ってすぐに連チャン止まらなくなって…」

「へへっ…どうりで…、どうですか今日はマグロのいいのが入ったんですよ、景気づけにどうですか?」

「おっ、そうなんだ、じゃ盛り合わせ貰おうかな」

「ありがとございやすっ!」

「あと、それに合わせる日本酒も吟醸酒で…」

「あいよっ!」

何気ないおやじとの会話、下ネタでも構わない。適当に合わせてくれるのだから…、でもそこがいい。iQOSを吸いながらおやじと小粋な会話を楽しむ康吉だが、かつてその時代の雰囲気をたしなみ、ノスタルジーに浸りたいという訳ではない。康吉はただ酒を飲むだけではなく、酒場にはこうした社交性のある場所でもある。

気がつくと本マグロと刺し身が到着、それに合わせる吟醸酒がグラスに注がれ、受け皿にも雫のように流れる。吟醸酒の飲み口は甘く香りも味も華やかで果実のよう…、フルーティーってやつだ。本来ならマグロに合わせるにはフルーティーな酒は避けた方がいいが、康吉は気にしない。

「らっしゃいっ!あっ、どうぞ!」

そこへお客が暖簾をくぐり来店してきた。

隣に座った綺麗な女性はこの店の常連客
のすみれさんだ。

「あっ、どうもこんにちは…」

すみれ「マスター生ビールお願いします」

「あいよっ!」

あっ、いつ見ても綺麗な人だ。康吉は思った。こんな綺麗な人が一人で大衆酒場に来るなんて…、こういった事があるのも酒場の魅力だと感じていた。

「いつもお一人で来られるんですか?」康吉はすみれに声を掛けた。
「ええ、家が近所というのもあるのと…ここの雰囲気が好きだから来てます…」
「いや僕もそうなんですよ、何かここに来ると落ち着くんですよね…」

「はい、生ビールお待ち!」
康吉「一緒に乾杯しませんか?」
すみれ「はい」
康吉「お疲れ様で〜す」
すみれ「お疲れ様です…」
ビールを飲むすみれさんの横顔もいい。
「あ〜旨いですね〜」「本当ですね」
すみれ「それ、美味しそうですね!マグロのお刺身」
康吉「ええ、最高でした!いいのが入ったそうですよ」
すみれ「私も頂こうかな、マスター!私がもマグロの盛り合わせ下さい」 
マスター「はいよっ!」
康吉「マスターは元漁師で船のコックだったから仕入れもいいし料理も最高です」
すみれ「世界中周ったって言ってました」
康吉「すみれさんだって世界中周ってるじやん」
すみれ「でも空の上ばっかりだからたまには船乗ってみたい…」
「親っさん、マグロはどこのが旨かったですか?」
マスター「アイスランドのマグロ。背中押すと脂がのってるからプニプニするんよ」
康吉「アイスランド!?このマグロはアイスランド?」
マスター「まさか…青森県産のクロマグロ」
「はいよっ!マグロの刺し身」
すみれ「美味しい…」
康吉「酸味と脂がのって味も濃厚ですよね」
「そのアイスランドのマグロ食べてみたいな」
マスター「脂のノリがいいのにそんなにしつこくないんだよね、年に数回入るからそん時連絡しますよ」

「楽しみだな〜アイスランドのマグロって…」

「マスター〆にひつまぶしの茶漬け下さい」

「はいよっ!」

康吉はひつまぶしの茶漬けで〆るのであった。わさびを添え、ダシをかけて頂く康吉。

「マスターごちそうさまでした!」

「それじゃすみれさん、ごゆっくり、今度また…」

「はい、お気をつけて…」

康吉は店を後にした。

だが、今日は何と康吉は綺麗な常連客のすみれさんとラインを交換したのだ。

今度アイスランドのマグロが店に入った時、一緒に居酒屋デートする約束をしたのだ。
酒場は飲むだけじゃなく、こうした出会いもあるのがまた魅力の一つでもある。


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