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アファンタジアとして生きる①(導入編と創作活動)
みなさんはアファンタジアという言葉をご存じでしょうか?
Wikipedia出展ですが意味としては↓で、
具体的な意味の部分を抜粋すると、”心的イメージを思い浮かべることができず、頭の中でイメージを視覚化することのできない状態”というものになります。
何が言いたいかというと、私自身がおそらくこのアファンタジアなのです。本記事ではそんな人間からの物の見え方や考え方について深堀していきたいと思います。よろしくお願いします。
1.映像の概念が希薄な脳内
自分からすると感覚として理解の外ですが、人間は個人差こそあれど脳内に鮮やかな映像を思い浮かべることができるのらしいのです。そのことへの劣等感を昔からうっすらと感じ続けていまして、私のイメージ力は人より劣っているのだなぁと思っていました。
そんな自分がアファンタジアという言葉を知ったのはちょうど抽象画を描き始めたころ、時期でいうと3年近く前のことです。
絵を描き始めるにあたって、自分の強みはなんだろうと思考を重ねた際に、少年期から続く映像の存在しない脳内が他の人たちとの大きな差異であるということに気付きました。
昔から文章の抽象的なイメージとしての記憶や感覚的な物の覚え方は得意な反面、文章を書いたから暗記できる感覚や脳内映像から絵を描き起こす感覚が理解できず、そういった特性をある種のハンデだと感じていました。
絵を描くときにデッサンや模写は一定以上の水準で(美術の授業の範疇では上手い方だったと記憶)描けていましたが、そういったモデルなしで好きなものを描くとなった時や平面の絵に立体感を持たせるというのが感覚的に苦手でした。
反面、文章読解と内容理解、発表の場でのアドリブトークなどそういったっ分に関しては長けていた部分もあり、単純に想像することが苦手ということではなく、周りとの違いは何から来るものなのかとよく思案をしておりました。
結果としては、そういった映像が希薄or思い浮かべられない脳を持つ人のことをアファンタジアと呼ぶことを知り、それ以降私はその特性をハンデではなく強みとして活かすことができないかと考えるようになりました。
2.アファンタジアを活かす
ではそのアファンタジアという特性が何において活きるのかと考えた際に浮かんだのが、今行っているnoteでの記事作成のようなライティングや資料作成の分野と、一見特性と相反するように見える抽象画の分野でした。
今までの介護の仕事の中でも、原議書や稟議書の作成・会議資料やマニュアルなどの作成とそのための情報収集など、周りが面倒に感じることでも不思議と楽しく取り組むことができ、ああこれが自分の長所なのかと感じることができていました。
そして抽象画という分野に関してですが、こちらに関しては具体的な映像が思い浮かばないことを活かして、文章的イメージの映像出力といった形で絵を描き始めてみました。
思えば学生時代に市の展覧会で唯一入選した絵も、だいぶ抽象に寄った絵でしたのでそういった方向性の絵は昔から身にあっていたのかもしれません。
実際に50号弱のパネルに抽象画を描き始めた際、天啓を受けたような感覚に襲われたのを今でも覚えています。まるでパネルやキャンバスが自分の頭の中を映す鏡のようなイメージがあり、結果としてその取り組みは身を結び、地元の県展ではありますが入選を果たすことができました(2年前ですけどね)。
このことが自分にとっての大きな成功体験となりました。
(以下有料記事です、このテーマと創作活動の紐づけに関して書いています)
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