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Polar star of effort (case11 前編) アスリートとアスリートに関わる全ての人達に・・・

                             Case 11  28歳 男子 柔道  前編

 「知っている」と「理解した」は全く違うものである。「知っている」とは、テレビ、書籍、ネット、人の話し等から得た知識として「知っている」ということであり、「理解した」とは、体験し体感、実感するといった、いわゆる経験によって裏打ちされたものである。
 したがって「理解した」人の言葉は、その人自身の言葉として語られ、雄弁ではなくても重みがあり説得力がある。
 この「本当の理解」が時として、その人のやりたいこと、好きなこと、大袈裟に言えば「夢」に向かうことへ背中を押してくれるのだと思わせてくれた。
  今回は、そんなお話。

 身長180㎝ 体重90㎏の堂々たる身体つきで、ベンチプレスは160㎏挙げるという。
 中島 光太郎 28歳 小学生の時から柔道を始め、柔道一筋18年。
 胸肩周りの筋肉の発達が物凄い。いかにも「強そう!」といった身体をしている。
 そんな見た目のイメージと違って、礼儀正しく、物腰柔らかい話し方をする好青年。
 柔道の練習中に腰を痛めたことが私の施設に通うきっかけとなった。
 元々、慢性の腰痛持ちで整形外科のドクターからは腰椎椎間板ヘルニアの診断を受けていた。
 胸肩の筋肉が尋常じゃないほど分厚いのだが、その分、肩の可動域がかなり制限されていて、特に腕を挙げる動作、横に開くといった可動の制限が目強かった。
 彼は、ウェイトトレーニングが趣味で、柔道の練習とは別に週4,5回は市営の体育館でトレーニングに励んでいた。
 入会時、腰痛のこともあるので、一時ウェイトトレーニングはお休みして、うちの施設でのトレーニングに専念してくれるように話し、彼は快諾してくれた。

 10日もすると腰痛もすっかり治まり、3カ月後には肩の可動域もだいぶ広がってきていた。
 そんな時、彼は「僕、力には自信があるのですが、柔道に活かされていない感じが凄くありまして・・・」と話してくれた。
 中学、高校と全国大会、インターハイに出場するなど、好成績を残していたのだが、大学に入ってからは、なかなか結果を残すことができなかったという。
 「乱取り」の様子を動画で見せてもらった。確かに腕力は相当なもので、相手を振り回すような様子も見受けられた。
 「すごい腕力だね!」正直な感想を言った。
 「『柔よく剛を制す』って言いますけど、でも基本『力』がないと・・・強い人と組むと力負けしちゃうんですよ。」ということでウェイトトレーニングにはまっていったとのことだった。
 「でも、なんかおかしいのが、ベンチプレスとかアームカールなんかは僕の方が強いのに試合になると勝てないんです。『柔よく剛を制す』なんだと思うのですが、本当はどういうことなのか解らないのが正直なところなんです。」と素直に語ってくれた。
 確かに「柔よく剛を制す」とは有名な言葉である。解りやすい例で考えれば、相手が突進する力を利用し、力を受け流し相手の重心軸を崩すことで倒す。
 「そうです。それは解ります。でも、組み合っている時は力で抑えたり、崩したりしないと相手の好きにされてしまうし・・・『押さば引け、引かば押せ』って言いますけど難しいです。」

 「なるほどね・・・確かにそれは難しい問題だよね。でも、もしかしたら解決のヒントになるかも・・・柔道の達人の境地は解らないけど、力に頼らない身体の使い方があるから・・・」
 「力に頼らない身体の使い方?」光太郎君は独り言のようにつぶやいた。
 「そう、実は、大きな力を発揮するときは『力』を入れちゃあダメで。相手の『力』を受け入れることが大事。」
 「高校の柔道部の先生が同じこと言ってました。でもさっきの『柔よく剛を制す』と同じく具体的にどういうことか解らなかったですし、今も正直解らないです。」
 「力を出す」とは、動きのない言わば「0」の状態から、外方向に働きかけられるものと考えがちである。
 まずは、この考え方を変える必要がある。
 「光太郎君、力を出すには一度力の方向を自身の内側に向けるように考え方を変えてみよう。」
 「内側に・・・? すみません。どういうことですか?」
 「例えば、腕の使い方で見てみよう。今の光太郎君の腕の使い方を変えていこう。」
 と言いながら私はスミスマシンの方に歩いた。
 
 「光太郎君、ちょっとこれやってみて。」
 両側の支柱を腕で押して自身の身体を支える。

 「ええ? 自分の身体を浮かすんですか?」

 「いやあ、無理ですね! 足を離そうとすると下に落ちます。」光太郎君は、少し悔しそうに言った。
 「だよね。今、君は力を外方向に向けて発揮したよね?」と私は平静を装いつつスミスマシンが壊れてないか確認した。
 「はい。」何を当たり前なことを・・・といった表情で彼は答える。

 「では、どうすれば出来るようになりますか?」
 私は「ここで、さっきの話、力の方向を内側に自分自身に向ける。こう・・・」と実際やって見せた。

 思い出してみよう。肩甲骨が背骨に寄ると胸腰椎移行部が前に突き出される。簡単に言うと胸が突き出され背骨が反る(Case4参照)。
 常に肩甲骨と胸腰椎移行部は連動する。
 腕の力を「内側に向け」、肩甲骨を介して胸腰椎移行部へその力を「受け入れる」のである。
 受け入れた結果、体幹部の力が引き出され、より大きな力を生むという理屈である。

 ベンチプレス160㎏の腕力をもってしてもできなかったことを力の方向を外から内に変えるだけで可能になる。
 これが体幹部の出力を引き出す上肢、いわゆる「腕」の使い方の一例である。

 「なるほど。理屈は解りました。でも、これを柔道でどう・・・」
 「この腕の使い方を基本にして、例えば相手に前から押された場合を考えてみよう。」

 相手の力を受け入れ肩甲骨、胸腰椎移行部、骨盤を連動させ、体幹部のバネの出力を引き出せれば、無駄に力を入れなくても骨格で相手の力を支えることができる。
 この状態が作れれば、相手からすると押しても動かないだけでなく、より大きな力で押せば押すほど、地面に張り付いたように感じる。

押してくる相手と地面の間に体幹部が割り込み、挟まれていく感覚。

 「ちょっと待ってください!」光太郎君が、私の説明を遮った。
 「それ、すっごい解ります! 強い人と試合した時にいつも僕が感じることです。全力で押しても全然動じないんです。えっと、じゃあ耐えるだけじゃなく押し返すにはどうすればいいのですか?」
 押し返すには、まず相手の力を受けつつ背中の入った姿勢を保つ。
 続いて大事なのは、脚や腕で押さないこと。
 「え?腕は今までの話の流れから分かりますけど、脚で押さないのですか?」
 そう、脚で押し返そうとすると、膝を伸ばすように力を使ってしまう。すると下半身の連動によって骨盤が後ろ側に立ち上がる(Case10参照)。
 その瞬間、姿勢が崩れる。体幹部のしなりがなくなり一気に押し切られることになる。
 よって押し返すためには、自重と相手の力を利用し骨盤をより前傾させ、重心位置を下げる。すると体幹部のしなりがより深くなり相手に加わる力が大きくなる。
 あとは相手が下がった分、足をあとから追随させればよいということになる。

 「つまり、よく聞く言葉で『腰が高い、低い』とか『腰を入れろ』とか『腰が引けてる』というのは、こういうことなんだよね。本当に腰を動かしたり、単に腰の位置を表現している訳じゃないんだよ。大事なのは肩甲骨、胸腰椎移行部、骨盤の連動性なんだよね。」と私は、まとめに入った。

  ここでもやはり動作の大原則は生きている。
「重力を利用して、肩甲骨、胸腰椎移行部、骨盤を連動させ体幹部のバネの力を引き出すこと。そして、それは肩関節、股関節の螺旋の連動によって生み出される。」のである。
 この場合、重力とは、相手の力であったり、自重、重心移動といった力の総称である。
「0」   の状態から筋力によって生み出される力ではないのである。

 すると光太郎君は、「そしたら、柔道の先生に指導してもらったこと、教えてもらったこと。僕は、ほとんど理解してなかったってことですね・・・」デカい肩を落としながらつぶやいた。
 「まあ、そんな落ち込まずに・・・まだ話半分なんだけど聞きたくない?」
 「あ、聞きたいです。そうそう、押すのは解りましたが、引く方はどうなるんですか?」

 良かった。食い付いてくれた。  後編に続く・・・・・


スタートラインに立ち、結果を残すのはアスリート本人である。
トレーナーとは、常に裏方の存在なのである。

このお話は、一部事実を元にしていますがフィクションです。
この事例が、全ての人に当てはまるとは限りません。トレーニング、ストレッチをする際は、専門家にご相談ください。

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