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「お花が日常にあふれ、活気づく街に」 アーティフィシャルフラワーデザイナー・實松千晶さん

「アーティフィシャルフラワー」をご存じだろうか。耳にしたことはあるけれど、あまりなじみがない、という人も多いかもしれない。アーティフィシャルフラワーとは、熟練された技術と「花への思い」が融合することで、限りなく生花に近い、精巧な作りを実現させた造花のことである。

そんなアーティフィシャルフラワーを広めたいと語るのは、佐賀県唐津市にアトリエを持つフラワーデザイナーの實松千晶さん。今年、アメリカン・エキスプレスの女性ショップオーナー支援プログラムで、全国13人のオーナーの一人に選出された。

一言では語りきれないアーティフィシャルフラワーの魅力を世に広めると同時に、地元でのさまざまな取り組みによって、唐津市を活気あふれる街へと変化させている。花を使って街を彩る彼女には、どんな原動力が秘められているのだろうか。

佐賀発NAGARE編集部
この連載「NAGARE(ナガレ)」は、東京から佐賀に移住して、自分の「したい」を形にする「自分地域活性化」を行いながら、人と人のエネルギーをつなぐ「着火屋」こと山本卓が、地方で仕事をする〝人〟にフォーカスをあて、自分で自分の人生の〝流れ〟をつくり続けるための「原点」や「仕事をやり続ける原動力」を取材し、これからの地方ビジネスを考えるきっかけを発信していきます。

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始まり:オランダの「花の文化」に影響を受けて

ノーチェにて取材中の實松千晶さん
ノーチェにて取材中の實松千晶さん

――(堤)最初に實松さんの経歴を教えてください。

(實松)唐津市にある、Noutje(ノーチェ)というアトリエを拠点に、アーティフィシャルフラワーのレッスンや空間装飾、ウエディング用オーダーメード作品の制作をしています。生まれも育ちも佐賀。24歳でオランダ留学をした際に、知人のすすめで始めた生花店のアルバイトがお花との出会いでした。帰国後も、お花への興味が続き、結婚を機に自宅兼アトリエであるNoutjeを設立し、お花を仕事にすることを決意しました。

――アーティフィシャルフラワーと生花の違いは何でしょうか。

(實松)アーティフィシャルフラワーは、精巧に作られた造花の一種です。茎や花びらの細かい部分まで本物により近い、リアルな質感や形を作り出しているのが特徴です。ただ、あくまで造花なので、そうした一本一本を組み合わせることで初めて、生花に近い姿を表現することができるんです。メンテナンスがいらないので、商業施設やイベント会場のような、あまり入れ替えができない空間装飾や、地球温暖化の影響で生花がもたなくなってしまった夏の時期に重宝され、少しずつ注目を集めています。

一目見ただけでは、生花と見間違えてしまうほどの精巧な作り
一目見ただけでは、生花と見間違えてしまうほどの精巧な作り

――お花との出会いは、オランダ留学中に始めた生花店のアルバイトとのことですが、お花のどんなところに魅力を感じましたか。

(實松)オランダは寒い国なので、衣食住の中でも「住」をすごく大切にしていて、いつも家にお花があるんです。日本では部屋の中にお花を飾ることが多いのですが、オランダ人は通り道にお花を置いて、通りすがりの人に見てもらう文化があり、そういう思いやりの心にひかれ、お花への興味が深まりました。

オランダ留学中の實松千晶さん(左)
オランダ留学中の實松千晶さん(左)

――生花からアーティフィシャルフラワーへ興味を深めたのはなぜですか。

(實松)8年ほど前、福岡のフラワー教室に通っていた時、私の恩師である先生がアーティフィシャルフラワーの協会を立ち上げることになり、そこで勉強させてもらったことがきっかけです。生花は1本でももちろんきれいなのですが、アーティフィシャルフラワーの場合は、一つ一つを細かく組み合わせてブーケやアレンジを作ったり、生花で表現できない色や形を自由自在に表現したりすることができるんです。私は小さい時から、壁掛けに貝殻とかをいっぱい張り付けて遊んだり、何かをデザインしたりすることが好きでした。アーティフィシャルフラワーは、お花が好きで、ものづくりが好きな私にぴったりだったんです。

転機:成長を見届けることができなかった後悔を胸に

――レッスンや空間装飾、最近では、ふるさと納税の返礼品など、幅広い取り組みを展開されていますが、特に思いをもって取り組まれているものはありますか。

(實松)人と話すことが好きなので、レッスンが一番好きです。生徒さんとの対話を通して、私自身も成長させていただいています。実は5年ほど前、私のレッスンに通っていた、ある生徒さんに別の講師のレッスンへ移籍したいと言われたんです。今までずっと教えていた生徒さんだったのでショックで、よくよく聞いてみると、私がその方に寄り添えていないところがあったみたいで。当時は私もまだまだ未熟だったし、とても悪いことをしてしまったなと思いました。

でも、それがとても大きな転機になって、それ以来、「ここに来る生徒さんは、私自身が成長を見届けたい」と考えるようになりました。あの時、見届けることができなかったという後悔がずっとあったからこそ、今の生徒さんとは対話を大事にして、何を考えているのか、今後お花を通して何をやりたいのか、ということをちゃんと話すようにしています。移籍された生徒さんがいらっしゃったからこそ、気づけたことがあるし、私が今、レッスンで大事にしている部分にもつながっているんです。

――ただ教えるだけじゃなくて、實松さんから学びたいと思ってもらうことが大切なんですね。

(實松)結局、何を学ぶかよりも誰に習うかが重要じゃないですか。最初は軽い興味から始めたとしても、私と相性が合わなければ、1回限りの体験で終わってしまいます。やっぱり、生徒さんとの向き合い方がどうかとか、自身がこの環境で成長できるかどうかって、すごく見られていると思うんですよね。

私も、習うならそういう先生に習いたいと思いますし。だから私は、講師として絶対に恥じることのないように、自分自身も常に先生の元に通って学び続けています。教えるということの対価として、お金をいただいているので、私自身が学ぶことをやめてしまったら終わりだなと。自分自身も学び、成長しながら、それを生徒さんに提供することで、お互いの成長につなげていきたいと思っています。

フラワー教室の様子(左:實松さん)
フラワー教室の様子。左端が實松千晶さん

原動力:アーティフィシャルフラワーを広めるという使命感

――それほどの熱意をもって仕事に取り組む背景には、どんな原動力があるのでしょうか。

(實松)使命感ですよね。今の時代って、YouTubeやインターネットを見れば、なんでもできてしまうじゃないですか。でも、お花の技術ってそんな簡単に習得できるものではないんです。私の恩師である先生は、お花の講師としてのあり方だったり、お花との向き合い方だったり、後継者として、本当の一流を育てることをとても大事にされています。私もそうありたいと思っていて、ちゃんと本気で仕事にしたいと考えている人をサポートしながらつないでいく存在でありたいです。

――アーティフィシャルフラワーを広めていく中で、どんな魅力を伝えたいですか。

(實松)アーティフィシャルフラワーに限らず、お花を通して人は成長できると思っています。私も、初めは気軽な気持ちで始めたものが、自分の技術が少しずつ上がって、生徒さんもだんだん増えてきて、この15年間、お花とともにすごく成長できたんです。だから、お花を通して他の人も成長できるんじゃないかなと思っています。たとえそれがお花じゃなくても、「自分自身が使命感を持ってやり遂げたいことは何なのか」を考える人たちの成長をサポートできたらと思っています。

地方でビジネスする:私はできるという自信と覚悟

――唐津でゼロから仕事を始めようと思ったとき、相当な勇気が必要だったのではないでしょうか。

(實松)もともとは仕事にするというイメージではなくて、お小遣い稼ぎになればいいなという気持ちでした。やってみると、お金を生み出すことは想像以上に難しくて。それでも、「私ならできる」という自信と「最後まで頑張る」という覚悟を持って臨みました。

自宅にアトリエを持っていて、子育てをしながら働いて、羨ましいと言われることも正直あると思います。でも私は、何よりも思いがあってこその仕事だと考えていますし、「目立ったもん勝ち」という気持ちでやっているので、そういう評価は全く気にしていません。それに、佐賀で出会う人たちは、それぞれ何か突き抜けた部分を持っていたり、自分の世界を作り上げていたりする人が多いので、一緒に楽しめているんです。そういう思いがある人たちとどんどん一緒にやっていきたいと思っています。

――地方だからこそ感じられる「仕事の楽しさ」とは何ですか?

(實松)お花ってパワーや癒やしをくれるんです。コロナ禍で気持ちが沈んだ世の中でも、お花を見ることで、街に活気が出たり、誰かが笑顔になったり、きれいごとかもしれないけど、実際にお花にはそういう力があるんですよね。以前、佐賀県の指定重要文化財である、旧唐津銀行でお花のフォトスポットを手掛けたことがありましたが、たくさんの人が集まってくださいました。

「落ち込んでいても、ここに来れば元気になれます」という場所を、お花を使って作ることができる。実は今も、菊農家さんとのコラボを企画中なのですが、そうやって唐津や佐賀の人たちと組んで、新しいお花の価値やビジネスを生み出すことで、地方に新しい風が吹いたらいいなと思っています。

――實松さんのこれからの目標を教えてください。

(實松)いつか47都道府県でレッスンをしたいと思っています。そのためには、自分がもっと影響力を持って、多くの人に「この先生に習いたい」と思ってもらわないといけない。そして、まずはお花を文化として根付かせないといけないと思っています。日本では、お花は特別なものというイメージがあるので、ギフトやイベントがあるときしか目を向けられないという側面があります。なので、きれいなものを見る習慣や気軽にお花を楽しむ文化を作っていくことができたらなと思っています。

旧唐津銀行の地下にあるフォトスポット
旧唐津銀行の地下にあるフォトスポット

アドバイス:あたたかいご縁がつながる場所

――これから地方で仕事をしようと考えている読者にアドバイスをお願いします。

(實松)佐賀は、あたたかい人たちであふれています。自分の情熱や思いで進めていこうとしているときに、周りの人たちがそれをくみ取って応援してくれるんです。心と心が通じ合う瞬間を感じることも多いですし、世間が狭いからこその安心感もあります。もはや、小さな国ですよね。そこにはそれぞれの思いを持った人たちがたくさんいて、実際に顔を見て、いろんなことを一緒に話すことができる。こういうリアルな世界でご縁がつながっていくのは、佐賀や唐津ならではだと思います。だから、やりたいと思うことがあれば、リアルでしか感じられないつながりを大切にしてほしいです。

實松千晶(さねまつ・ちあき)
アーティフィシャルフラワーデザイナー
佐賀市出身。2003年オランダ留学中、生花店でのアルバイトをきっかけにお花の文化に興味を持つ。結婚を機に2014年、唐津市の自宅にアトリエ「Noutje(ノーチェ)」を設立。フラワー教室に加え、空間装飾やウエディング装飾、ふるさと納税の返礼品制作など、多岐にわたる事業を展開している。JAFD(ジャパンアーティフィシャルフラワーデザイン協会)の認定講師。現在、お花とコーチングを掛け合わせた新しい学びに挑戦している。

ライター:堤優衣(つつみ・ゆい)
佐賀市出身。高校卒業後に関西の大学に進学し、テレビを通した日本文化の報道の影響をテーマに研究。大学卒業後には、出版取次会社へUターン就職し、現在は、佐賀県を中心とした九州の各地域で、本と人とのタッチポイントを増やすため、本を活用した空間づくりやイベントを企画している。

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