大企業はなぜ社員に副業をすすめるのか~③カゴメの労働時間管理と社員の「コーヒー焙煎」
「副業で何をするのも自由、でも働く時間は厳格に守ってほしい」。食品大手、カゴメの副業ルールだ。カゴメが従業員の「労働時間管理」にこだわる理由、そして、その中で〝プチ起業〟を果たした一人の社員の物語を紹介したい。
副業は「生き方改革」の一環
個人が自由に使える時間、いわゆる「可処分時間」を増やそう――。厚生労働省主導の働き方改革に「カゴメらしさ」を採り入れた「生き方改革」をスタートさせたのは2017年。以来、残業を削ってできた時間を有効に活用してもらうための取り組みを進めてきた。「副業解禁」も、その一環だ。
生き方改革ではまず、役員をはじめ、全社員がスケジューラーに予定を書き込むことによる、総労働時間の〝見える化〟に着手。社内の打ち合わせや会議などの時間調整がしやすくなり、業務の効率化にもつながった。
さらに、時差勤務制度、コアタイム無しのフルフレックス勤務制度を、工場を除く全職場で採用。そして2019年にテレワーク勤務制度、副業制度を導入した。
人事部の清原彰浩さんは言う。
「空いた時間をどう過ごすかは、それぞれです。家族と一緒に過ごす人、趣味に没頭する人、教養を深めるために学校へ通う人もいます。副業については、『個人の成長を図ってもらいたい』とか『自律的なキャリア形成の一助にしてほしい』というのに加え、その成果を業務に還元してもらえるのではないかという期待感も込めて、導入に踏み切りました」
副業が可能になるのは、新卒社員は4年目から、中途採用の社員は2年目から。副業内容については、大きな制限は設けていない。他社と雇用契約を結ぶことも認めている。ファミリーレストランでアルバイトをする、というのもありだ。フルフレックス勤務の対象者であれば、勤務時間中に「中抜け」して副業することもできなくはない。
ただし、カゴメのネームブランドのほか、パソコンなど、会社の財産を副業に利用することは禁止されている。
残業+副業で「45時間以下」が大原則
ここまで聞くと、カゴメは副業を〝推進〟しているように見えるだろう。だが、実際に副業を始める際の「ハードル」は、実は高く設定されている。
もっとも厳しいのは、労働時間だ。副業ができるのは、年間総労働時間1900時間未満の従業員のみ。1カ月の残業に換算するとおよそ15時間以下となる。現在、カゴメの正規・非正規社員の平均残業時間は15時間程度で、副業のハードルをクリアしているのは半数程度だという。
その上でさらに、カゴメでの残業と副業の合計は原則、月間45時間以内と定められている。
「まず、副業を始める前に本業を効率的にできているかどうか、さらに、副業を始めてからも、しっかり休息を取って健康を確保できる状態にあるか、しっかり確認しています。ここはかなり重きを置いているポイントです」と清原さん。
そして続ける。「残業と副業で、労働時間を45時間以内に収めるというのは、結構厳しいと思いますよ」
副業申請件数は、2023年10月時点で80件程度。カゴメの従業員数は約2000人なので、全体の4%程度ということになる。決して高い数字ではない。
「副業人材を積極的に増やすための施策は、現時点では考えていません」と清原さんは言う。「ただ、本業で成果を出した上で副業ができるのは、効率の良い時間の使い方ができている人、ということになります。そういう人たちが、会社を良い方向に持っていってくれていることも実感しています」とも。
社内に副業人材が増えていくことへの期待感はあるという。
では、この厳しいルールをクリアして副業を実現しているのはどのような人材なのか。商品開発本部で飲料開発を担当する池田勝哉さんが取材に応じてくれた。
行きつけの美容室での雑談が契機に
池田さんの副業は、自家焙煎コーヒーの開発・販売だ。
もともとコーヒーが大好きで、「いつかカフェを開きたい」という夢を持っていた池田さん。でもそれはあくまでも「60歳を過ぎてから」の話。こんなにも早く、コーヒーに関わる仕事を始めることになろうとは、思ってもいなかったという。
カゴメは栃木県那須塩原市に研究施設を持っている。池田さんは最近まで、市内の自宅から、この職場に通っていた。那須塩原といえば、コーヒー愛好家の「聖地」と呼ばれるほど、喫茶店が充実していることで知られる。池田さんは「いつか来るその日」のために、週末ごとに喫茶店巡りをして、好みの味を探求していた。
転機は突然訪れた。
足しげく通っていた喫茶店のオーナーが病気で急死してしまう。「そのマスターのコーヒーを飲めなくなるのが、ものすごくショックで。またゼロから好みの味を探して、そのお店がなくなってしまった時につらい思いをするぐらいなら、いっそのこと自分で好みのコーヒーを作ってしまえばいいじゃないか、と思ったんです」
早速、家庭用の焙煎機を購入。マスターの入れるコーヒーの味はよく覚えていたので、それを再現するところからスタートした。
ここまでは、「あくまでも趣味のつもりだった」という。
「副業」につなげてくれたのは、行きつけの美容室の店長だ。「雑談で、たまたま焙煎の話をしたら、『店内にドリップパックを置いて、お客さんに試飲してもらって、気に入ったら買ってもらう、そんな流れを作れないか』と提案してくれたんです」
ちょうどカゴメの副業解禁の時期と重なった。他社の商品を研究し、見よう見まねでパッケージをデザインして、オリジナルのコーヒーを作った。池田さんのコーヒーは、美容室を訪れる人々に気に入られ、口コミでも広がって、ちょっとした収入を得られるようになった。
話が面白くて、ついつい「起業物語」を取材している錯覚に陥ってしまったが、池田さんの本分はあくまでも「カゴメの社員」。副業によって何を得たか、会社に何を還元できるのか、を聞かなくてはいけない。
「ありがとう」と言ってもらえる経験が糧になる
まず、「副業で得たこと」は何か。
池田さんが最初に挙げたのは、「『ありがとう』と言ってもらえる喜び」だ。長く研究部門にいて、消費者とじかに接する機会が少なかった池田さんにとって、とても貴重な体験になっているという。
次に挙げたのは、「小さいけれど、自分の中で『1』を作れたという経験」。開発から営業、販売まで、一連の流れを作り出せたことが、自信につながった。
そしてもう一つは、「利益との兼ね合いを考えるという経験ができたこと」。カゴメのような大きな組織にいると、一つ一つの商品の売り上げや利益を考える機会は少ない。「そこを知って仕事をするのと知らずに仕事をするのとでは、大きな違いがあると思います」。
「時間管理スキルの向上」という副次的な効果もあったという。「仕事を効率良く終わらせて、副業に時間を使いたい、という気持ちが良い方に働いているように思います。集中力が増しました。自分の中でリズムが出来上がっているので、それを崩さないようにスケジュールを立てるようになりました」
副業で得た経験をどう仕事に生かせるかを考える
池田さんは最後に、副業の今後の〝戦略〟について熱く語り始めた。「コーヒーのメインターゲットを50~60代に設定している」のだという。
「私自身、コーヒーは深い方が好きなんです。最近、浅いのが結構出始めていて、特に20~30代に好まれているんですが、 50~60代ってちょうどセカンドウェーブが浸透してきた頃にバリバリ働いてきた世代なので、深い味を好むんです。子どもたちも自立して、時間とお金に余裕がある。この層に僕の豆が合うんじゃないかなと思って」
さらに続ける。「彼らはきっと、私ぐらいの年代を子どものように見てくれるんじゃないかなと。あえて店舗を構えないのも理由があって、その方が、僕自身を『お店のマスター』ではなくて『個』として見てもらえる気がして。コーヒーを買うというより、我が子を応援するような感じで買ってくれるんじゃないかなと思うんです」
副業のペルソナ設定について語る瞳がキラキラしすぎていて、隣に座っているカゴメの人事部の社員たちの顔が引きつるのでは……とハラハラした。
でも、心配は無用。この10月に研究部門から商品開発部門へ異動したという池田さんは「副業で得た経験を、どう生かせるか考えていきたい」と、本業への意欲も満々。これからカゴメでどんな新商品を生み出していくのか、楽しみだ。