コロナ禍での1年間のキャッシュフォーワークから見えてきたこと。永松伸吾×岩本真実(「キャッシュフォーワーク2020」振り返り対談)
コロナ禍で職を失った若者の新しいチャレンジを応援する助成事業「キャッシュフォーワーク2020」では、休眠預金等活用事業からの資金提供を受け、2020年8月より13団体に約1億7000万円を助成。現在は2期目として12団体を採択し、助成を行っています。
1年間の助成を通して、コロナ禍でのキャッシュフォーワークから見えてきたこと、次の災害に活かせそうなことは何か。関西大学社会安全学部教授で、キャッシュフォーワーク2020の選考委員長を務めた永松伸吾先生と、若者の自立支援に20年以上関わってきた認定NPO法人コロンブスアカデミー(CFW2020実行団体)の岩本真実さんと、振り返りました。聞き手は、リープ共創基金代表の加藤徹生です。
「何の支援もできていない」と悶々としたコロナ禍初期
—— 2020年春に緊急事態宣言が出てお店などが閉まり始め、あっというまに全国規模の災害となっていく中で、キャッシュフォーワークを活用しての助成を検討し始めました。コロナ禍初期のころ、お二人がどんなことを考えていたか教えてください。
永松:東日本大震災に関わってキャッシュフォーワークというものを提唱してきたけれど、コロナ禍では何の支援もできてないなという思いはすごく持っていました。東日本大震災の時に協力してくれた人材業界の人たちと連絡をとり、何かできないかなと相談したけれど、お金がないとなかなか動けない。
そうして悶々としていたところに、加藤さんから「キャッシュフォーワークができないか考えている、勉強会をしたい」と連絡をもらったんです。貢献できるならこんなに嬉しいことはない。本当に感動しました。
岩本:コロナ禍の初期は、なんとか緊急事態を乗り越えないととバタバタしていましたね。コロンブスアカデミー(以下コロンブス)の属するK2インターナショナルグループでは1989年から若者の支援を行い、1990年から若者の働く場所としてお好み焼き屋をやってきました。地元に密着して30年続けてきた飲食店でしたが、なかなか厳しい状況でした。
キャッシュフォーワークという言葉自体は、今回の事業が公募されるまではあまり知らなかったんです。すぐに永松先生の本を読ませていただいて、「あ、これは自分たちのやってきたことだな」と思いました。休眠預金等活用事業が自分たちにできるのか不安がありましたが、自分たちがやってきたことだから無理なくできるかなと考えて応募しました。
永松:「キャッシュ・フォー・ワーク――震災復興の新しいしくみ」を書いたのは2011年です。その頃はコロナなんて全く想定もしていないし、どう使えるかは考えていなかった。支援のアイデアを普段から持っている現場の人が、コロナ禍で本を読んでピンときてくれたのは面白いなと思いました。
「困りごとの見えにくさ」が過去の震災とは違った
—— 岩本さんの働くコロンブスは、東日本大震災でも支援を行っていましたよね。
岩本:東日本大震災では、自分たちもどうしたらいいか、当初わかりませんでした。たまたま宮城県石巻市で元スタッフが被災していることを知り、その子のところに行く形で現地に入りました。炊き出しやボランティアなどを手伝ったあと、地元経営者と出会って一緒に事業を始めて。一時的なものじゃなくて、地元の人たちが働き、毎日のやりがいを感じられる活動にしていくことを1番大事にしていました。それは、CFWの理念とも通じると思います。
—— 東日本などの大震災と、今回のコロナの違いはどんなところにあるのでしょうか。
永松:震災は、被災して困っている人がたくさんいて、都市機能が止まっているわけですから課題だらけで、世の中に必要とされる仕事のネタを探すのは比較的容易です。もちろん震災でも時間が経つごとに見えにくくなるけれど、コロナは人との接触も制限されていますし、どこに困っている人がいるのか、社会的な課題は何なのか見えにくかったと思います。
今回のキャッシュフォーワークでも、地域課題をちゃんと発見して解決へと繋げることができるのか、心配でした。結果的には、コロンブスアカデミーでは持病等や感染不安で外に出にくい方へ食べ物をデリバリーしたり、それぞれの実行団体が課題を発見してできることをやっていたと思います。
そうした取り組みを見ながら、やっぱり地域課題の解決をやることに意味があると気づかされました。社会的にハンディのある人に対しての福祉事業というだけではなく、地域課題を解決して、働いている方達が感謝されてやりがいも持てるというのが大事だと思います。
仕事に苦手意識のある人に、働いてもらうには?現場の工夫
—— 岩本さんは、通常から若者支援の仕事に取り組んでいますよね。団体で通常取り組んでいることとキャッシュフォーワークで、何か違いはありましたか?
岩本:私たちのところに普段いらっしゃる方は、長い期間、無業の状態が続いていて状況が厳しい方が多くなっています。キャッシュフォーワーク参加者は、雇用という形での仕事を積極的にしたい方だったので、働こうという意欲が強かったり、無業の期間が短い方が多いように思います。
キャッシュフォーワークは雇用契約を結びますし、「6ヶ月の期間後、すぐに次のキャリアにちゃんとつながっていくように」という意識もありました。他の実行団体は違うやり方のところもあったと思いますが、コロンブスでは座学などを設けるのではなく、最初からスタッフとして動いてもらいながらオンザジョブトレーニングを行っていました。
また、資格や技術を持ってるけれど失業状態という若者も多く、技術があるかどうかでなく、違う面で働くことを難しく感じているのではと思います。自分が何かの役に立っているのかと考えて立ち止まってしまうことが多いのも、特徴かもしれません。キャッシュフォーワークに参加した若者たちも、やりがいを求めている人が多くいました。
—— 普段の就労支援より積極的といえど、職をあちこち転々としている方などは多かったと思います。現場で工夫されたことはありますか。
岩本:仕事に対していいイメージがない方もいたので、働く事のストーリー性を意識しました。裏方でホームページをつくるだけじゃなく現場に出てお客さんと会話してもらったり、販売の計画を一緒に立てたり、「みんなで働くのが楽しい」ということを感じられるようにしました。また、「接客など人と接するのが苦手だけどバイクの運転は好き」という方には、デリバリー担当をお願いして、すごく楽しそうに働いてくれました。その人その人の得意なことを活かすのも大切だと思います。
また、コロンブスは横浜に本拠地がありますが、石巻や奄美などにも拠点があり、そちらで働いた方たちもいます。仕事がうまく行かず自信をなくしていたけれど、奄美で接客の仕事をしてみて「自分に合ってる」と気づき、再就職を目指しはじめた女性もいました。
地域の人は「サポートしてあげなきゃ」と意識しているわけではないけど、本人にとってはサポートになっていることはありますね。奄美では、田舎ならではの良さを活かしながら、都心ではできなかった関係性や仕事づくりが地方ではできたと思います。
失業から回復していくには、社会の中に居場所が必要
—— 1年間のキャッシュフォーワークを振り返ってみて、1番うまくいったケース、うまくいかなかったケースはどんなものでしたか。
岩本:うまくいったケースの1つ、スキルはあるがコロナ禍で失業してしまい、「社会の役にたつ仕事に自分の力を使いたい」という思いで参加した方です。今も継続して取り組んでいる東日本大震災の復興支援の事業に入ってもらって、現場の仕事とオンラインの仕事と両方関わって全体感を見てもらっていました。楽しんで働きながら、キャリアのステップにもなったのではないかなと思います。
逆に、何日かで辞めてしまったケースもあります。面接してみてちょっと合わないかなという方には、別のプログラムをご紹介したりもしています。またキャッシュフォーワークは最低賃金程度の仕事になるので、シングルマザーなどその方の収入だけで家計を全て支えないといけない場合、参加したくても経済的にちょっと難しいというケースもありました。
—— 今回、キャッシュフォーワークの参加者には調査も行いましたが、就労の決定に、スキルではなくソーシャルキャピタル(社会関係資本)が関与していたことがわかりました。
永松:「なぜこの仕事があるのだろう?自分の仕事が誰のためになってるのだろう?」と迷う時は、実は自分自身にだってあります。でも「ありがとう」と人に言ってもらえると途端にやる気が沸く。人の役に立ちたいと願うのは、人間の根源的な欲求なんじゃないでしょうか。東日本大震災のときも、復興のために何かしたいという人たちは、多くいました。
社会に貢献したり誰かの役に立ったり、仕事とは社会とつながる大きな手段。失業は、「今のあなたに用はないよ」と社会に言われてしまっているような状態です。そこから回復していくには、社会の中に居場所をつくること、そしてその中で自分ができることを認識する必要がある。自分はこう社会の役に立っているんだと本人が感じられるような変化が重要です。
岩本:居場所的な役割はすごく重要ですね。キャッシュフォーワークは、単なる一時的なつなぎの仕事という以外のことが大事なんじゃないかと思います。たとえば不安定な状況の中で新しいステップにチャレンジして、失敗したけどまた戻って来れたり頼れたりできる。
とはいえ仕事の部分も必要で、仕事と居場所的な役割と、両方がセットであることがすごく大事です。相談の場や単なる居場所はあっても、お仕事をつくってあげられることはこれまでなかったので、キャッシュフォーワークは支援者にとっても有り難い仕組みだなと感じます。
—— 地域でキャッシュフォーワークを行う上で、気をつけた方がいい点などはありますか。
岩本:自分たちが外から入ってエゴであれこれやったけど、そこに何も残らないっていうのはしてはいけない。自主的に活動が続いていくことが大切です。東日本大震災の支援でも、こちらのやってあげたいことをやるのではなく、地元の人が望んでいることを一緒にやってきて、10年以上たつ今もできる範囲で活動を続けています。
東北支援では、石巻に定住した若者がいるので、自然と活動が残りました。石巻で元気になった若者は本当に多くて。おじいちゃんおばあちゃんにやいやい言われながらも、むこうで暮らしていくうちに元気になっていく。そういうのが一番大事だなと思います。支援する側される側みたいなものをなくせるといいんだろうなと思います。
永松:支援の互恵性ですね。支援しているようで、自分が支援されている。
岩本:お互いにそれがわかってつきあえるとすごくいい関係になれると思います。若者たちも支援されているって意識だとすごくしんどくなってしまう。自分も誰かの役に立っていることが自覚できると、すごく元気になれるなと思います。
”ささえる・つなぐ・わたす”ができるのがキャッシュフォーワーク
—— いつから始めていつ終わるかなど、効果的なキャッシュフォーワークの期間については、永松先生はどうお考えですか。
永松:本では、”緊急時の手法”としてキャッシュフォーワークを紹介しましたが、むしろ”平時の支援”として、平時から緊急時まで連続して捉えるべきではないかと今は考えています。社会からこぼれ落ちそうになるひとを「ささえる」こと、不幸にして仕事を失った人がなんとか仕事を「つなぐ」こと、そしてより自らが活躍できる仕事へと「わたす」こと、この三つがキャッシュフォーワークの機能だと思います。それって、いわゆる「レジリエンス」と言われるものそのものなんですよね。
平時においては緊急時と同じ規模での支援はできませんが、就業リスクを抱えやすい人達を支えることによって、次に災害がおきたときに、簡単に仕事を失わないよう予防できるのではと思います。どんなショックが社会に起こったとしても、みんながつねに経済の中に組み込まれて生活ができる手法ではないでしょうか。
世界的にみても、キャッシュフォーワークは災害・紛争時に短期間実施する人道的介入という文脈ではなく、常時準備しておく「ソーシャルセーフティーネット」となりつつあります。東南アジアでも、地域の村で常設の雇用ファンドをつくったり、漁業資源を回復させつつ漁師さんの禁漁期間の生活を支えるためにキャッシュフォーワークをやるような事例がありました。
—— 今回の事業は、リープ共創基金が資金分配団体を務めて総額1億7000万の助成を行いました。規模や体制について、フィードバックがあればお聞きしたいです。
永松:東日本大震災の時は被災者を雇用するうえで緊急雇用創出事業(緊急雇用安定助成金)をかなり大きな規模でやりました。ただ、あの時は何人雇用するかが大事で、「どんな地域でどう仕事をつくるか」ということは政策目標として問われていませんでした。
心ある事業者は再就職できるように配慮していたけど、そういう事業者だけではなくバラマキのようなところもありましたし、大型不正の温床になってしまうという問題も起きました。緊急雇用枠でラクな仕事でお金をもらえるので、新しくコンビニをオープンしよう、店を再建しようとしてもスタッフが集まらないというようなこともあったそうです。
今回のキャッシュフォーワークでは、就労支援とか地域課題解決とかに秀でた団体が実行団体になっていて、丁寧に伴走できたのが評価できるところです。他方で、南海トラフ等が起きたときに規模感を持って再現できるかはまだ難しいのかもしれません。10倍20倍の規模の予算が出た際に担える地域団体をどう増やしていくのか、今回の知見をどう引き継いでいくのかは課題だと思いますね。
次の災害へ備え、平時からの「ソーシャルセーフティーネット」を
—— 実行団体、資金分配団体の立場を両方経験している岩本さんは、大規模災害への備えについてはどう考えていますか。
岩本:東日本大震災でもコロナでもそうですが、災害にはフェーズがあって、時期ごとに必要なことが変わります。そうした時期ごとの支援がちゃんとノウハウとして積み上がり、行政と支援団体とがうまく連携しながら動く仕組みができれば、なるべく混乱を抑えながら支援が行き届くのかなと思います。
また、現場の団体は自分たちに何ができるかを考えてまず動き出すものの、社会全体で見たときには1つの団体の支援だけで困りごと全部がカバーできるわけではありません。そういった現場の人たちを支えたり情報を整理する側の中間支援がうまく機能すると、次の緊急時にも動きやすい。中間支援は大事な役割だと感じます。
—— 次の災害の際にキャッシュフォーワークをスムーズに行うために、できることはあるのでしょうか。
永松:支援を担える方が平時からいる地域かどうかは大事ですよね。1995年の阪神・淡路震災は、当時は市民セクターという概念はなかったものの、そういう動きを担える人材が多くいました。けれど2011年の東北の震災では担い手になれるNPOは少なくて、東京から移住して復興に従事した人が多くいました。防災に取り組みながら、地域のソーシャルキャピタルを育てていくことが大切だと思います。
また、災害の際に、どんな仕事が必要になるかはもうある程度わかっています。避難所を運営していく仕事、アルバムやお位牌など大事な物を瓦礫の中から救出して持ち主に戻す仕事、行政の補助などって、どこで震災が起きても必要になると思います。そういう仕事に対して、地元の人を雇用してキャッシュフォーワークをやるとか、平時から計画しておくことができます。
外部からボランティアの人や支援者が来てくれるのはありがたいことですが、外から来た人が全部やっちゃうと、その地域には何も残らない。仕事をつくりだして、エンパワーメントしていくことが大切だと思います。
—— 南海トラフなどを予測しながら、平時から防災や就労支援に取り組み、ソーシャルキャピタルをつむいでいくことが必要そうですね。改めて最後にメッセージをお願いします。
永松:ヨーロッパには給付型就労支援がありますが、そういった雇用型の支援が今の日本にはない。それが社会のベースにあれば、緊急時も拡大して展開しやすいはずです。キャッシュフォーワークが緊急時に社会を救う仕組みになることを訴えていくのもこれからのために大切だと思っています。
岩本:コロンブスはキャッシュフォーワークをやってみて学んだことがいろいろあり、団体の成長にもなりました。お金をただもらって報告書を書くという助成ではなく、伴走支援もありがたかったです。全国の団体ともお話しできて、就労支援団体も横のネットワークをつくっていかないといけないなと感じました。
今回のコロナ対策という形でのキャッシュフォーワーク事業は2年で終わりますが、こういった形の就労支援が、平時にいつでも選択できるようになってほしい。就労の相談に来てくれた人に、「こういう選択肢もあるよ」と賃金をもらいながらスキルを学べるメニューを案内できると、支援できる幅が広がります。キャッシュフォーワークが制度化されたら嬉しいですね。
—— 政策提言などにおいても、ぜひ、お力を貸してもらえたらと思います。本日はありがとうございました。
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