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キャッシュフォーワークの成果をどう考える? ―キャッシュフォーワーク2020・第1期合同研修レポート

コロナ禍で失業した人たちが雇用されて、地域に貢献する仕事を行う。

「支援されていた人」が「地域の困っている人を支援する人」へと変わっていく。

このプロセスは、もちろん簡単なものではありません。就労支援団体を手がけてきた人たちにとっても大きなチャレンジとなるのが、「キャッシュフォーワーク2020」。

10月9日に、第1期に採択された8団体の合同研修がオンラインで実施されました。研修の様子をレポートします。

第1期採択団体の一覧はこちら(プレスリリース)

研修の導入は、「このネットワークを通じて起きるといいこと」や、それぞれの団体の取り組みやリソースの共有から始まりました。「ソーシャルビジネスの世界では、近しい分野の事例を学びあうことで、新しいモデルが他地域へと拡がる。就労支援団体同士でもそういう関係性がつくれないか、お互いの人となりが伝わる時間を大切にしました」と、研修の場を設計したリープ共創基金代表の加藤は話します。


”支援の互恵性”を、私たちはどうデザインできるのか

それぞれの団体が話した後は、キャッシュフォーワーク2020の選考委員長を務められた永松伸吾先生(関西大学社会安全学部教授)から、改めてキャッシュフォーワークの概要についてレクチャーがありました。

永松伸吾先生(関西大学社会安全学部教授)

●キャッシュフォーワークとは

永松:国際的な人道支援の場で使われている手法の1つです。1960年代頃から、飢饉があった地域の住民に、飢饉を予防するために働いてもらい、対価として食料を配る”フードフォーワーク”という支援がありました。しかし、食べ物を配らなくてもお金があれば食料にアクセスできるということで、現金を用いた支援としてキャッシュフォーワークが生まれました。

●キャッシュフォーワークの利点は何か

永松:被災者への支援を「労働の対価」として行うことで、地域社会に新たな価値が発生します。生活向上のためにインセンティブを付与すること、稼いだお金を地域の中で使って地域経済の中でお金が循環することの2点がメリットに挙げられます。また被災者が働くことで、地域の課題が解決されたり、助かる住民がいます。単なる現金配布ではこの効果は無いと考えられます。

●被災者・受益者にとってどういう意味があったのか

永松:雇用なので当座の収入が得られること、業務経験が増えて技術が身につくことです。また大事だと感じたのは、「本来は支援される立場だったはずの自分が、支援する側になっている。誰かの役に立って、地元の復興に貢献している」という感覚です。これは、「支援の互恵性」がうまれたということです。ソーシャルインクルージョンとはこういうことなのではないかと思っています。

●東日本大震災でのキャッシュフォーワークの仕事内容事例

・救援物資管理業務:たくさん送られすぎた救援物資を仕分けしていつでも使えるようストックし、台風等で次に被害があった地域へ配送する仕事。運送会社が被災者を雇用し、社員教育を行った。

・買い物支援:仮設住宅で買い物に出づらい高齢者に向けて、地域の被災が軽かった住民たちがリヤカーに食べ物を積んで行商を行った。「あの人は元気かな」という見守り機能も兼ねていた。

・浸水家屋の片付け・アルバムの返還:地域有志で協議会をつくり、震災で仕事を失った漁業関係者を中心に雇用。家屋の片付けや、津波で流されたアルバムを被災者に返す活動を担った。顔見知りのアルバムを見つけやすいなど、地元の人だからこそ効果的に作業できるという自負があった。

・リフォームのための下処理:被災家屋のリフォームの下処理を日当6000円ほどで引き受ける。両親が津波で流されて孤独になってしまったというひきこもりの男性なども働いており、居場所ややりがいに繋がっていた。

●東日本大震災の振り返りと、今回への期待

永松:キャッシュフォーワークにはストーリーが大事だと申し上げました。例えば福島県の「絆づくり応援事業」は、ネーミングが秀逸です。原発事故でバラバラになった福島を、仕事を通じて繋ぎ直すというコンセプトがありました。数千人の雇用をつくり、アンケート調査の結果でもポジティブな反応が多かった。

今回の事業も、「コロナ禍で困っている人々」を「コロナ禍で困っている人々を支援する若者」にどうチェンジしていけるのか。前向きなストーリーを地域や社会の中でどこまで描けるのか、支援の互恵性をどうデザインできるのかを考える必要があります。


就労を目指すと、困難な当事者がこぼれ落ちる。成果をどう考える?

永松先生の話のあとは、小グループでのディスカッション。その後、全体でオープンにディスカッションしたとき、テーマとなった話題は「事業成果をどう捉えるか」でした。


G-net南田:就職における困難度の高さ・低さと、仕事の難しさや出口のバランスがいろいろあるなと思っています。就職困難度が高い人はクリエティブな仕事をするのが難しいかもしれないし、かといって簡単な軽作業に従事してもらうだけでは卒業後の出口が見えづらいなど、団体によって悩みが様々あると思います。

採択団体それぞれがどういうポジションを担っているのか、どういう得意領域があるのかをもっと知りたいです。「我々はサポートできないけど、この団体なら支援できるよ」とか、「キャッシュフォーワークの枠組みでの支援には合わないけど、この団体の自主事業なら合うかも」という部分を知れたらいいなと思いました。

永松:僕が考えている4象限がこちらです。まず対象者として、就職容易層ー困難層の軸があります。そして業務内容の軸として、市場性ー社会性がある。これは簡単に言えば、工場の作業員のように成果が明確で賃金が払える仕事か、あるいはまちづくりのように成果がみえにくく収益も発生せず賃労働になりにくい仕事かという軸です。取り組む意義やストーリーを作りやすいのは社会性ですが、キャッシュフォーワーク後の雇用者の出口を考えると市場性を考える必要もある。バランスをどこに置くかというポジションが、団体ごとに違っていいと思います。

サスティナブルサポート後藤:今回の事業の成果をどう捉えるかですが、就労をキャッシュフォーワークの成果として目指すと、就労に近い当事者だけを支援することになってしまう。でもうちの団体では、もっと難しさのある子たちを扱っています。消毒作業などをやりながら、できることを増やして自尊心をあげていけたらと思っています。

全部の団体が同じ成果目標を持つのは難しいなと感じていて、「4象限の中でも、この象限にある団体はここを目指して行こう」とかの目標が整理できるといいのかなと思いました。あとは連携ですね。当団体とG-netさんの拠点は近いのですが、対象層は全然違う。「この人はウチじゃなくてそっちが向いてるかも」とか近隣団体とやりとりできたらいいなと思います。

永松:おっしゃるとおり、採択された団体も、立ち位置はかなりばらつきがあります。就職困難層をサポートする団体もあれば、ちょっと押せば大丈夫な層を扱う団体もある。どっちにウェイトを置くのかはバリエーションがあっていいし、それぞれを評価していければと思っています。共通している部分としては、「なにか人の役にたつことによって、その人が生きがいを感じて頑張れる」というところですね。


地域の課題解決を担う仕事とは?震災とは違うコロナ禍の難しさ

また、もう1つの論点は、実際の仕事内容。震災などでの被災に比べて、コロナ禍での地域課題解決を担う仕事は難しいと感じている団体が多く見られました。


エンブリッジ浜中:東日本大震災の時は一丸となって支援なども動いたけれど、今回は被災された方も多様であったり状況が複雑な気がしています。震災の復興と今回のコロナとで、キャッシュフォーワークにおいて違う点はあるのでしょうか。

永松:震災は被害が局所的で、範囲が限定されています。今回のコロナ禍は被害の範囲が広く、社会の中にも「ちょっと困り事はあるけれどそんなに変わらない生活ができている」という人から「もう死ぬかもしれない」というくらい困っている人まで、いろいろな人がいます。しかも震災と違って、コロナ禍では困っているひとがとても見えにくい。

なので東日本大震災でおこったような社会全体での化学反応が今回起こるのかは自分も気にしています。ただコロナ禍において、これまで社会にあったギャップを繋ぎなおすとか、新しい生活様式を考えていくことは必要とされています。例えば、学校や教育施設などの消毒を請け負うような新しい仕事は必ず必要になってくると思います。

G-net南田:震災と違って、コロナは一時的にダメージを大きく受けるのではなく、ゆるやかに何度もダメージを受けているように思います。豪雨とか地震災害があって「物資の仕分けをしなきゃ」「被害が大きい地域を支援しなきゃ」とかはわかりやすいんですが…。今回は、課題解決に近づこうと思うほど、関わり方や期間が深くなって短期ではやりきれないのではないか、業務内容の要求水準が高くなって難しいんじゃないかと感じています。

永松:震災直後に比べると、短期間で課題解決に結びつけるのは難しいことはよくわかります。ただ地域課題といってもいろいろあると思います。コロナ前からの課題もあれば、コロナ後の課題もある。課題解決にもいろんなレベルがあって、そんなに高いレベルを要する仕事ばかりではないように私は思っています。

たとえば地域の医療従事者にありがとうを届けるために、住民の感謝の気持ちをウェブサイトにまとめていくとかも、課題解決の1つなんじゃないかな、今のコロナの中で大事なんじゃないかなと思うんですよ。そこでウェブを扱う技術を身につけて、次の就職につながるとかになればもっといい。そういうアイデアをみんなで出していきたいです。

エンブリッジ浜中:他の団体のみなさんがどういう仕事を切り出していくのか、興味があります。公募する場合は内容が見えるけれど、面談に来た子に対して業務を切り出していくような形だと表には見えない。「こんな仕事を切り出してますよ」とかみんなで共有していけると、考える参考になるなと感じます。


コレクティブインパクトで、未曾有の状況に向き合う

また、「キャッシュフォーワーク2020」の運営を担う、リープ共創基金代表理事の加藤からは、こんな言葉がありました。


加藤:こういう風に就労支援に取り組む団体が集まって、みんなでキャッシュフォーワークについて会話ができること自体、日本で初めてなのだと思います。「こういうことがこれからの支援に必要だよね」って社会や地域で認識されるだけでも大きな変化を生む可能性があると感じています。


最後に、参加者の方たちが書いた感想を、いくつか紹介します。

・「採択者同士でディスカッションして、みなさんも手探りなんだという気持ちを共有できて良かったです」

・「各地の方々の企画の一端を学べて、とても良かったです。積極的に情報共有しながら、キャッシュフォーワークの全体としてのパフォーマンスが最大化する、そこに貢献していけるような連携になっていけばと思います」

・「本当に困っている人がどこにいるのか、もっと地域に深く潜って、探ってみたいと思います」

・「まだ消化しきれないところもありますので、団体内部でも話し合ってみたいと思います」

資金分配団体も採択団体も、これまでに経験したことがない社会状況の中で、手探りながらも頑張っていこうという前向きな雰囲気が生まれていました。

採択団体は、これから実際に地域でのキャッシュフォーワークに取り組んでいきます。この事業を通して地域でどんな仕事が生まれたのかなども、これから発信していけたらと思います。

2020.11.8
書き手・田村真菜(キャッシュフォーワーク2020広報)

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