ショートエッセイ『夕焼け空と多分フリッパー』
沖縄の出である。
実家は海の近くにあり、堤防にはよく遊びに行った。
運動神経はよくないのに、小さい頃は何故か高い所から飛び降りたり、家の塀を走り回って鬼ごっこをしたりと、ハードな遊びが大好きだったので、泳げないくせに、堤防の上も肝試しのように友達と走って遊んだ。
あれは中学生の頃だったろうか。
夕方、堤防にもたれて友達とお喋りをしていると、誰かが叫んだ。
「あい! あれは、フリッパーじゃないか?!」
見ると、夕焼けに染まる堤防の上に、派手な海水パンツを履き、美しい上半身を露わにした男性が一人、飛び込みの姿勢で、立っていた。
“ フリッパー 〟とは、家の近所にある“ ユーフルヤー(沖縄の方言で銭湯)〟の息子のリングネームで、あの具志堅用高と共に、リングの上で活躍する日の為に、日夜練習に勤しんでいたボクサーであった。
そして具志堅は、昼間は“ユーフルヤー〟で床を磨き、深夜にはサンドバッグで腕を磨いていたのである。もっとも、私がこの事を知ったのは、随分後のことで、具志堅が近所に住んでいた事も、閉店後にはリングと化すユーフルヤーの夜の顔も知らなかった。
皆の注目を集める中、筋肉で粒々とした背中を弓のように丸め、フリッパーらしき男性は、美しい弧を描いて海中に消えて行った。
『ザッパーン!』
飛び込み音と共に、『おお〜っ!』と言う歓声が上がった。
が、しかし、この頃、私たちの愛する海は、生活排水で汚水と化していたのだ。
歓声の中に、
「ここは遊泳禁止区域だのによ〜!」
という声が混じっていたことを、フリッパーは多分知らない。