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『 考えるな、 踊れ! 』

♢ショートエッセイ


夏の生徒会室は息苦しかった。

それは
暑かった
からではなく


からだった。

【学園祭参加主旨】

手元に配られた用紙にも
見つめられている視線にも

私は何も答えられずにいた。

「で? ダンスクラブさんは、どいういう主旨で活動されてるんです?
どういう意図があって“学園祭”に参加されたいのですか?」

「そ、それは……」
お化粧品の匂いで咽せかえる、ダンスクラブの部室が目に浮かぶ。

「え? 何で? なんで答えられないの? あなた達は、何の意義も目標もないのに、クラブやってるの? こっちは参加費だって支給しなきゃいけないのに……部費だって貰ってるんでしょ?」
役員をやっているのは、主に英語クラブのメンバーだ。
堅苦しくて、息苦しくて、私の辞めた英語クラブの。

私の通っていた地元の小さな短大には、英語科と保育科しかなかった。

英語が好きだった。
響きが綺麗だったし、憧れでも嫌いでもあった姉の影響もあった。
行きたかった海の向こうの、四年生の大学には、“サクラ” が散って行けなかったのだ。

それでも英語が上手く、喋れるような人になりたかった。
“ 英語クラブ ”に入ったのは、“ 英語劇 ” をやっている、と知ったから。
クラブ紹介の演目には、私の演ってみたかった『ベニスの商人』も入っていた。

しかし、その部室は。
敢えて難しい言葉を探してでもいるかのように分厚い原書を開き、賢そうな顔をした先輩たちの間には、難解な言葉が飛び交っていた。

(  あれ? 楽しくない……  )

そう思い始めていた頃、何故か英語クラブが、隣のR大学の農学部の生徒達と、“  交換会  ”  をする事になった。
私たちはバスに揺られて城址公園まで出かけ、何故かフォークダンスをした。
流れで行った二次会(何故そこまで英語クラブがOKしたのか、今でも判らない)で、気になっていた素敵な男子に
「ダンパなんか、行かれますか?」
と聞かれた。
「ダ、ダンパ??」
ドギマギしているうちに、私の隣に座っていた女子が、
「はい! はい! 行きます! 行きます! 私、ダンスクラブです!」
と、横から勢いよく手を上げて、話に割って入ってきた。

ダンパ、所謂ダンスパーティーには、行ったところでステップを知らなければ、踊れない。

そして気づけば、私は英語クラブを辞めて、ダンスクラブに入部していた。

「何故? 何で答えられないの? 自分たちの事でしょう? 何を目指して活動してるのか判らないわけ?」

問い詰めてきたのは、学校でもリーダー格の存在で、その時期学内でも問題になっていた『 学費値上げ  』に、真っ向から意義を唱える反対運動を扇動している人だった。
化粧っ気は無いのに、何故か真っ赤に塗られた唇だけが、鮮明に思い出される。

学内でも、ダンスクラブが“ お軽い連中 ” と見られ、槍玉に挙げられているような気がした。
同じクラスの、ギター部の子が、気の毒そうに私を見ているのが分かった。

「あの……私は部長の代理で来ただけなので……持ち帰って、皆と話し合ってきます」
俯き、泣きそうになりながらそう言って、私はとても悔しく、情けなかった。
「H美め。あんたのせいだからね……」

高校の頃、敬語しか使ってはいけない弓道部が好きだったお堅い筈の私は、何故かお堅い英語クラブが息苦しくて辞めたものの、タメ口しか使わない社交ダンスクラブでも浮いていた。

「何で私ばかり行かなきゃなんないわけ? 今日はあんたが行きなさいよ! 私だって忙しいんだからね!」
そう言ってこの日、会議を私に押し付けてきた部長のH美は、英語クラブの交換会の二次会で、私と男子の話に割って入ってきた、あの女子だった。
彼女は、交際ではなく、部活の二股をかけていたのだ。
その後私は、H美に引っ張られるようにしてダンスクラブに入部し、いつの間にか私達は、毎日一緒にいる仲になっていた。

“ 元々自分は人見知りなんだ” と言っていたH美は、春先には確かに、誰にも話しかけられないように、人と目を合わさないようにしていたから、あの出来事が起こるまで、同じクラスなのに名前も知らなかった。
なのに何故、一体いつ、H美は変貌を遂げたのか、夏を迎える頃には、“ 誰よりもモノがハッキリ言えるから ” という理由で、ダンス部の皆から部長の仕事を押し付けられていた。

短大の部長職(?)は短い。
なんせ2年、という短い学校生活なのだから、2年生になると、先輩達は役を退き、後輩に回す。

戻った部室に、H美はいなかった。
元部長のM子さんが、自分の顔に陽が当たるように身体をのけぞらせ、マリリン・モンローのような顔でコンパクトを覗き込んで言った。
「で? あなたは何にも言えずに逃げ帰ってきたわけ?」
「なんて言われたって?」
M子先輩の隣で、絵に描いたような美人でお嬢様のY子先輩が、カールした髪を片手で軽く掻き上げ、私をバカにしたように半笑いしながら言った。
「だから、あの……、目標とか、意義とか、そいういうものはダンス部には無いのか? って……」

「そんなものある訳ないじゃない! 決まってるでしょ⁈ 楽しいからやってるのよ!」
M子さんが、乱暴に音を立ててコンパクトを閉じると、怒鳴った。
「えっ⁈」
“ それだけ? ” 、という言葉を私は飲み込んでいた。

隣の席のY子先輩は、可笑しそうに下を向き、クスクスと肩を揺すって笑っていた。
「パレードだって出るんだからね! 学園祭! もぎ取ってきなさいよ、参加費!!」

帰り道、私は泣きべそをかき、ブツブツ文句を言いながら歩いた。
「何でM子さんはあんな事言ったんだろう? うちの部、コンテストのために練習だってしてるし、互いの部費稼ぎのために、他所の部や学校から頼まれて、ダンス教室の出前までやってるのに……」

今なら解る。

何故M子さんが、自分達が積み重ねてきた事を説明したがらなかったのか。

何故私が、M子さんに、皆に向かって説明して欲しいと思っていたのか。

楽しいからやっている。
楽しむためにやっている。

それには
立派な
理由も理屈も要らない。

彼女達は、
誰かに認めて欲しいからやっていた訳じゃない。

楽しいから
嬉しいから
それをやってきた
唯それだけ。

他の事は
全部後からくっついてきただけの
ほんの些細なことなのだ。

他の人がどう思おうが
どうでもよかったのだ。

他人に、認められたい
と思っていた
私と違って……。



半世紀近く経って
ドライブの途中で、カーステレオから流れてきた『シュガーベイビーラブ』。

思わず胸が震えて
涙が溢れていた。

「行こ!」
H美に手を取られて、ダンスホールの中央まで出て行って踊ったジルバ。
他の人にも聞こえるのではないか?
と、心配になるほど胸が高鳴り、身体が疼いて、じっとしていられなかったあの感覚。
自分が、
身体が、
喜んでいるのが、初めてわかった瞬間だった。


楽しいからやる
嬉しいからやる

それを味わうために
私たちは生まれてきた。

カチンコチンに生真面目だった私は、
それを教わるために会議に行かされ、
気づくために、問い詰められたのかもしれない。

私が
空っぽだと
子供だと
思って見ていた先輩たちは
「 大人だったんだ」

車の中で、
ふと言葉が零れて

どこからか
化粧品の匂いが
した。


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