ショートストーリー 『 アナウンサーになりたかった 』
あなたに連れて行ってもらった
初めて見る国会議事堂は
ドデンとでかくて
鉄門の向こうで
偉そうに
ふんぞり返っていた
「どんな感じ?」
あなたが聞くのでわたしは、
息を吸ってから
静かに重々しく、声にした
「国会議事堂。」
あなたも真似して低い声で言った
「国会議事堂。」
一瞬顔を見合わせてから
わたしたちは弾ける様に笑った
「イメージをしっかり掴んで声にするって、案外難しいね!」
わたしの言葉にあなたも笑顔で頷いた
「ほんとだな」
「でも明石はいいじゃない、訛りもなくてさぁ」
「何言ってんだよ! 霧子がさぁ、アナウンサーの学校に行くって言うから、俺しゃべってても、ずーっと緊張してるんだぜ、これでも!」
わたしたちは
また顔を見合わせて笑った
わたしの部屋にたどり着くまでの
揺れる地下鉄の中で
あなたは転ばないように電車のドアに手をついた
広げたその手は
あの頃、グラウンドでボールを握っていた手だ
「大きな手だね」
わたしが言うと
あなたは恥ずかしそうに
慌てて手を引っ込めた
大好きだったあなたの横顔
ちょっと出たおでこが
大きな体に似合ってなくて
可笑しくて可愛かった
そしてその丸い大きな瞳はとても澄んでいて
いつも明るい明日が映ってた
今でも
俯き加減で
チラリとこちらを見て笑う
あなたのあの可愛い仕草が
ふとした瞬間によみがえってくる
突然降り出した雨から逃げるように
飛び込んだ店の軒下で
私は呟いた
「ついてないなぁ・・・」
溜息を吐きながら凭れた背中のシャッターは
冷たかった
辛いだけの不倫も
昇進を狙っていたはずの会社の椅子も
もうみんなどうでもよくなって
捨ててしまいたいと
思い始めていた
バッグから
くしゃくしゃになったメンソールのタバコを取り出して
1本咥えると
私はライターで火を点けた
雨はなかなか止みそうにない
信号機の青が
チカチカと点滅を始めて
‘’もうすぐ変わるよ!‘’って
急かし立てている
見上げると
七色のネオンライトも
あちこちで同じように瞬きして
雨の夜空を彩っていた
どこかで期待していた同窓会に
あなたはやってこなかった
‘’だろうなぁ‘’っていう思いと
がっかりとで
私の同窓会はきっと
始まって5分で終わっていたんだと思う
「そういえばさー、あいつ来てないね。連絡つかなかったんだよね?」
1人の男の子が幹事の子に聞いた
「そうなんだよ。仲良かったヤツに聞いても、みんな知らないんだって。今どうしてるのか。
でもさぁ、俺実はね、2ヶ月ほど前に会ったんだよ、アイツに。
それも交差点で信号渡る時。向こうからやってきたんで、すれ違いざまに‘’オイっ!‘’て声かけたんだよ、‘’明石!‘’って。
あいつ驚いた顔して、振り返って笑ったから、
‘’今度同窓会があるんだよ、お前も来いよ!‘’って言うとさぁ、あいつクスっと笑って後ろ向きに歩きながら、‘’俺はいいよ!“ って言ったんだ。
“ みんなによろしく!” って。
それから背を向けて、
変わりそうな信号の中走って渡って行ったよ」
「じゃぁ、それっきり? 住所も分らないまま?」
「うん。なんか。相変わらず、若かった」
少し変わってしまった自分達を振り返るように、幹事の子はふっと笑った。
それを聞いてわたしは
あ、元気なんだなぁ、
と思った。
会えなくても
同じ空の下に
今もあなたは生きている
雨の中の信号機を見ていると
それが思い出されて、
なんだかもう一度
全部1からやり直せるような気になって
わたしは足元にタバコを捨てると
ハイヒールの先で揉み消した
マニキュアの指でつまんで
残りのタバコの箱に入れると
くしゃくしゃにしてバックに投げ入れた
「ゴミ箱を見つけたら捨ててしまおう」
見上げると
雨は小降りになっている
「もうすぐ止むな」
今、信号が青に変わった
わたしは顔上げて
歩き出していた。