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日本軍「慰安婦」被害者を傷つける政治家はいらない!

 現在、衆議院選挙の真っただ中です。
 私たちは団体として支持している政党はありません。なのでみなさんにどこの政党に入れて欲しいとか主張する気もありません。すでに多くが亡くなられている日本軍「慰安婦」被害者の気持ちに寄り添い、日本軍「慰安婦」問題を正しい形で解決してくれる人がいれば、そういう人に一票入れたいと思います。
 逆に、被害者を傷つけるような言動をする人にはいれたくなしい、入れてほしくもありません。
 この間のは2回続けて、ドイツ・ベルリンのミッテ区に設置された〈平和の少女像〉の撤去問題について、「撤去させるな」とアピールしてきました。
 情勢としては先月28日に撤去の期限を迎え、何らかの動きがあってもよさそうなのですが、私たちの元には何の情報も入ってきていません。依然として〈平和の少女像〉はミッテ区内の公園に設置されたままです。
 ですから本日はベルリン・ミッテ区の〈平和の少女像〉問題からいったん距離を起き、日本軍「慰安婦」問題の解決を拒んできた政党について、具体的にどのような態度をとってきたかということを紹介したいと思います。
 なるべく〈平和の少女像〉問題を中心にして語りたいと思っていますので、よろしくお願いします。

1,自由民主党

 安倍政権以降の歴代自民党政権は、日本軍「慰安婦」問題をなかったことにするということを原則に行動してきたといっても、過言ではありません。
 現在問題となっているドイツ・ベルリンの〈平和の少女像〉に対しても、日本政府の執拗な介入が明らかになっています。
 2022年にドイツのショルツ首相が来日した際には、岸田首相がショルツ首相に対して直接撤去を求めています。今年5月に来日したヴェグナー・ベルリン市長に対しては、上川外務大臣が撤去を求めました。現地メディアによれば、ミッテ区のレムリンガー区長に対しても日本大使館が「東京都とベルリン市と姉妹都市関係を終了する」などと、様々な圧力をかけているのだそうです。
 その結果、ミッテ区のレムリンガー区長は、当初〈平和の少女像〉の継続設置に積極的だったにも関わらず、〈平和の少女像〉撤去へと態度を変更させました。緑の党の女性議員が態度を変更したのですから、日本政府のプレッシャーは相当なものだったと推察されます。

 外務省のホームページには、日本軍「慰安婦」問題に対するこれまでの日本政府の取り組みについて説明している箇所があります。アジア女性基金などの取り組みなどを紹介し、日本政府がいかにお詫びの取り組みを誠実に行ってきたかを説明する一方で、このようなことも書いています。
   強制連行はなかった
   性奴隷ではない
   20万人というのはウソ
 日本政府が被害者に謝罪したことはこれまでも何度かありました。しかし日本政府のこのような言説が、被害者への謝罪という行為を台無しにし、被害者の信用を損なうばかりか怒りさえ買い、謝罪が見せかけに過ぎないということを明らかにしてきたのです。
 ときどき「いつまで謝り続ければいいのか」という言説を耳にしますが、謝った直後に開き直ってきたというのが歴代自民党政権のやってきたことです。謝罪した直後に「でもあなたたちは強制連行されたわけではないし、性奴隷でもないし、どうせ20万人もいなかったのでしょう」などと言われれば、被害者はキレて当然でしょう。
 安倍元首相は2015年12月28日の日韓合意直後の国会で「ここでいま被害者に対して謝罪の気持ちを表してはどうか」と問われたときに、「朴槿恵大統領に電話で一度謝罪したのだから、もう二度と謝らない」と言いました。これで被害者の信用を得ることができますか?

 安倍政権から、菅、岸田、そして先日には石破政権に変わりました。しかし「日本軍『慰安婦』問題をなかったことにする」という文字化されない方針は、石破政権になっても変わることはないでしょう。

2,日本維新の会

 大阪発祥の維新の会は、兵庫県でも着実に勢力を拡大しています。これまで多発している議員の質を問われるような不祥事に加え、維新の会をバックにして登場した斎藤前知事のパワハラ問題を見ていてもわかる通り、人権尊重という立場から最も距離が遠いのが維新の会です。

 日本軍「慰安婦」問題について最も私たちに影響の大きかった出来事は、2021年に日本維新の会の馬場衆議院議員(現代表)が行った質問主意書です。馬場議員は《「従軍慰安婦」という用語は不適切である》、《「強制連行」や「連行」との誤った用語を用いるべきではなく、「徴用」を用いるべき》と主張しました。これを受けて菅政権は、馬場議員の主張を全面的に受け入れる閣議決定を行いました。
《「従軍慰安婦」又は「いわゆる従軍慰安婦」ではなく、単に「慰安婦」という用語を用いることが適切である》
《「強制連行」又は「連行」ではなく「徴用」を用いることが適切である》
 「従軍慰安婦」という言葉を単なる「慰安婦」という言葉に変えることを決めたのは、日本軍の関与を否定したいからです。「強制連行」という言葉を「徴用」という言葉に置き換えたのは、徴用令に基づく合法的な施策であり、問題はないと主張したいからです。
 しかしいくら言葉を言い換えようとも、戦地に慰安所を作ってそこに女性たちを連れてくるよう指示したのは日本軍そのものであり、関与などという言葉に収まるものではない、まさに性奴隷制度の実施主体でした。
 強制連行は徴用令に基づいた合法的な措置だったといったところで、それはアウシュビッツ収容所は合法的に作られたのだから問題ないと主張するようなものです。連れてこられた朝鮮人労働者がどのような奴隷労働を強いられたか、その実態が変わるわけではありません。
 つまり日本政府がやっていることは、日中戦争の時に「戦争」という言葉を使いたくないから「支那事変」と言い換えたようなものです。事変と言い換えたところで、戦争は戦争、人殺しは人殺しです。それと同じことです。
 しかしこの菅政権の閣議決定によって、教科書からは「従軍慰安婦」「強制連行」という言葉が消えました。もっとも内容的に伝えていくがんばっている教科書もありますけれど。日本軍「慰安婦」や強制連行が教科書に載らなくなったとき、後世の世代に伝えられなくなったとき、それは日本軍「慰安婦」問題を消し去ったということです。そのような企てに屈するわけにはいきません。

 一番影響が大きかったのはいま述べた馬場議員の件ですが、私たちの記憶に一番残っているのは、やはり橋下徹のこの言葉でしょう。当時の橋下徹は日本維新の会の代表でもありました。 
 日本維新の会の橋下徹共同代表は2013年5月 13 日、日本軍「慰安婦」制度は必要だったと発言しました。その上で、沖縄県に駐留する在日米軍司令官に対して「風俗業」つまり性売買産業の活用を勧めたのです。 米兵の「性的なエネルギーをきちんとコントロールできない」というのがその理由です。
 この理屈は、日本軍が慰安所を設けた理由と全く同じです。
 慰安所が拡大した理由は、直接的には1937年の南京大虐殺の教訓です。南京大虐殺で日本軍はたくさんの民間人を殺しましたが、当時欧米から「ナンキン・レイプ」と呼ばれるほど、たくさんの女性をレイプしました。それらの写真は現実に残っています。妊婦をレイプしたあとに腹を裂き、胎児を誇り高く掲げている写真。女性の膣にこん棒のようなものを刺されて殺されている写真。そこに映っている日本兵は、なぜかどれも誇らしげです。
 ナンキン・レイプが世界中に報道され、日本軍は慌てました。そして慰安所を急速に拡大したのです。
 橋下徹は、米兵の相次ぐ性暴力事件を抑制するために、在日米軍司令官に性売買産業の活用を進めたと言いますが、全く同じ発想です。
 ただし注視しておきたいのは、1937年の南京大虐殺が起こる前から、慰安所はありました。日清日露戦争の頃から、つまりは日本軍が対外侵略戦争を始めることと軌を一にして、日本軍は慰安所を設けたという研究もあります。
 侵略戦争を行う兵士とは、環境も劣悪ですし、精神的にもきついです。どこにも正義がない戦争だからです。それゆえ日本軍は、兵士を「慰安」する必要を認めていました。特に上海事変から南京侵略に至る過程は完全に軍部の独走で起こった出来事であり、十分な補給もなく、兵士たちは現地調達、つまり中国人から食糧を略奪することを前提として始められた戦争でした。
 十分な補給も行えないのだからせめて女性をあてがって、それこそ橋下徹が言うように「荒ぶる兵士」を「慰安」しよう。慰安所とはそういうものだったのです。
 「慰安」とやらの犠牲になるのは、貧困のために人身売買されたり、就労詐欺などで騙されて集められた女性たちです。こんな醜悪な事態があるでしょうか。
 橋下発言は米兵の性暴力を抑制するためという前提でしたが、その根底にあるのは男性の性欲のために女性が犠牲になるのは当然だという思想です。金を払えば、あるいは暴力で、女性の性を支配することができるという思想です。橋下徹は政治家になる前は飛田の性売買産業の組合顧問弁護士を務めていました、つまり根っからそのような思想の持主であり、ゆえに性を搾取されたことに対して責任を追及した日本軍「慰安婦」被害者に敵対するのは当然の行動だったのです。

 橋下徹は今は維新の会と一定距離を置いているかもしれませんが、彼の思想は維新の会に根強く共有されています。
 〈平和の少女像〉の話で言えば、現大阪府知事である吉村洋文のことを取り上げないわけにはいきません。
 吉村が大阪市長を務めていた2018年、60年間続いた大阪市とサンフランシスコ市との姉妹関係を一方的に破棄しました。
 理由はサンフランシスコ市に建てられた日本軍「慰安婦」のモニュメントにあります。そのモニュメントは朝鮮人、中国人、フィリピン人の3人の少女が背中向きに手をつなぎ、その3人を金学順さんが見上げているというものです。
 サンフランシスコでの「慰安婦」モニュメントが設置される計画が明らかになると、吉村は市長の名で何度もサンフランシスコ市長あてに書簡を送りました。サンフランシスコ市にとってみれば、なぜそんなことを言ってくるのか訳が分かりません。過去日本軍が女性たちを「慰安婦」にしたことは事実であり、彼女たちを記憶するということは戦時性暴力を根絶しているという決意を示す強いメッセージになるからです。
 そしてサンフランシスコ市にモニュメントが建てられると、吉村市長は姉妹都市関係を一方的に破棄してしまったのです。

 維新の会は政権与党でこそありませんが、自民党と連携を取って、日本軍「慰安婦」問題をなきものにしようとしているのです。

3,参政党

 日本軍「慰安婦」問題の解決を阻もうとする政党について話をするとき、これまでは自民党と維新の会の二つを取り上げればよかったのですが、今日はもう一党取り上げなければなりません。それは参政党です。発足当初は右翼カラーを隠していましたが、今回の選挙に至っては露骨になってきた感があります。

 日本軍「慰安婦」問題に関しては、吉岡綾子というミュンヘン在住の党員がベルリンのミッテ区に建てられた〈平和の少女像〉について、参政党のホームページを通じて積極的に発信しています。彼女は〈平和の少女像〉に対して、どのように発信していると思いますか?
 まず私たちが呼ぶ〈平和の少女像〉ですが、その名称そのものが世界進出とともに名を変えた、いわばすり替えネーミングであり、反日プロパガンダであると主張しています。
 〈平和の少女像〉は2011年、ソウルの日本大使館前での水曜デモが1000回を迎えたことを記念して、その場に設置されました。当初の正式名称は〈平和の碑〉でしたが、次第に〈平和の少女像〉と呼ばれるようになっていきました。平和という言葉が用いられるのは、日本軍「慰安婦」被害者ハルモニたちが日本軍の責任を問うのと同時に、常に戦争は二度とやってはいけない、自分たちのような女性を二度と生み出してはならないと訴えていたからです。
 ですから〈平和の少女像〉というネーミングが世界進出とともに名を変えたという主張は大ウソです。そのそも反日プロパガンダなどという言葉を用いること自体が、参政党の古典的な極右ぶりを示しています。
 そして《日本軍は慰安婦を「強制連行」などさせてはいないし、ただの1人もそのような例は見つかっていない》とうそぶきます。
 もちろん強制的な連行もありました。中国やフィリピンなどでは、現地の女性がトラックに放り込まれたり縄で縛られたりして、慰安所に入れられています。朝鮮から慰安所に入れられた女性は、「いい仕事がある」などと騙されて連れ去られた人たちです。けれどそのようなことは問題の本質ではありません。
 日本軍「慰安婦」問題の本質とは、連行の強制性にあるのではなく、慰安所での強制性にあります。無理やり連れてきたかどうかが問題ではありません。
 慰安所に行った多くの女性は、そこで何が行われるのか事前に知りもしませんでした。そして多くの女性が慰安所で殴られ、強かんされました。慰安所でつけられた刀傷が残る被害者も大勢います。
 そのような女性たちの前で、参政党は「無理やり連れて行かれたわけではないから問題はない」と主張するのです。これはレイプされた女性に対して、「そんな男についていったあなたが悪い」と言っているようなものです。悪いのは強かんした男性たち、それを組織的に行った日本軍であることは明白ではないですか。

 参政党の今回の選挙のスローガンは「日本をなめるな!」です。
 このスローガンに恐怖を感じるのは私だけでしょうか? これは誰に向けられて発せられている言葉なのでしょうか?


*  *  *

 自民党、維新の会、参政党と、3つの政党について語りました。次の選挙結果がどのようなものになるのかはわかりませんが、私たちは歴史が正しく伝えられる社会、戦時性暴力の根絶と、性暴力のない社会を目指せる社会になればいいなと思っています。
 みなさん、選挙に行きましょう!

【2024年10月23日 第189回神戸水曜デモ アピール原稿】

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