アイデンティティの揺らぎ癖
私はきっと、人格がぐらつくことが快感だ。
人を多方面から見て、立体にして、多次元にして、かつて自分と思っていた部分、かつてその人だと思っていた部分をぐらぐらさせたりしたりすることが好きだ。癖だ。
それは過去の私の成功体験にある。著しく脳汁を出した出来事。引っ込み思案だった自分を改革すること。自分が新しくなっていくこと。その楽しさを知ってしまったから、ずっとそれを未だ求めている。
女の子って、同じで違うことが前提だから、興味が湧きやすい。根っこは同じだから、全部違うことも肯定的に受け入れられる。
男の子は違って違ったり同じだったりするから、興味が絶妙に持続しない。モチベーションが湧き続けない。根っこが違うから、その先がおもしろい分岐をしていたとて、結構どうでも良い。
このことに関して、兄との関係性のこともたまに考えたりする。3歳離れた兄とは10年無仲だ。なにも複雑な家庭環境だったわけではなく、自然と全く仲が無くなってしまった。兄に健全に興味を持つことができ、きちんと関係を育むことが出来たなら、私は今きっと男の子にも興味を持つことが出来たのかもしれない。元々仲が悪かったわけではない。むしろ兄のことは好きだった。中途半端な興味を兄に持ち、その後それは殺さなければいけないものになった。これが未だ糸を引いている気がするのだ。
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