癒しの館
深い森の中にひっそりと建つ古い洋館。
大きな扉を開けると
奥まで続く長い廊下の両脇に、無数の小部屋が続いている。一番目の部屋の扉を開けると、目の前に白い陶製のバスタブがあった。
バスタブには、並々とお湯が張ってある。
私は服を脱ぎ、バスタブのお湯に浸かった。
はぁ、生き返るー。
ここは私の癒しの館。丁度良い温度の
お湯に、お気に入りのアロマオイルを垂らし、そして銀色の蛇口の栓をひねる。
ショートショート「コドモ」
マンホールの蓋をフリスビー代わりにして遊んでいる子どもたちがいた。
高速回転する円盤が首筋の近くを飛びすぎたときは、死を覚悟した。怒鳴る気力さえわかない。
深川さんのショートショートの朗読が
蛇口から聞こえ来た。
深川さんの声やイントネーションをプログラムした人工音声に朗読させている。
お風呂に浸かりながら聞く深川さんの
ショートショート。第一話目、冒頭から
ナンセンスで面白い。深川ワールド全開だ。
私にとっての最高の癒し。この癒しの館は、
蛇口をひねるだけで、深川さんのショートショートを聞くことが出来る。しかも、私が最もリラックス出来るお風呂の中で。
おしまいです。
ショートショートの朗読が終わった。
私はバスローブを羽織り、大きなラベルに
コドモと大きく書き、ドアの外側に下がっている木札に貼った。
この館を作るとき部屋の名前は、蛇口から流れるショートショートのタイトルにしようと決めていた。
隣の部屋のドアを開ける。ここに置いてある黄緑色のホーローの風呂桶にも、並々とお湯が張ってあった。私は風呂に入り、また蛇口を捻った
ショートショート「隣人」
いつの間にか、町内に外国の人が増えている。経済戦争で負けた日本は先進国から脱落し、物価が安くそこそこ安心して暮らせる平和な国として、移住希望者が多い。
蛇口から朗読が聞こえてきた。
このお話は、書き出しからは想像出来ない結末をむかえる問題作だ。
おしまいです。
私はまたバスローブを羽織り、ラベルに
「隣人」と書いて、ドアの木札に貼り付けた。
こうして私は、仕事が立て込みストレスを感じると、この山の中の館に来て、風呂にはいりながら、蛇口から流れるショートショートで癒されていた。そしてラベルにタイトルを書き、ドアの木札に貼り付けた。
今日も仕事に疲れ、ショートショートに癒されようと、まだ名前の付いてない部屋のドアを開けた。一部屋に一ショートショート。この館も建て増しに次ぐ建て増しで、隠れ家とは言えない程大きくなっていた。今日の部屋は800番目の部屋だ。檜作りの浴室は、とても良い香りで満たされている。ざぶん!いい湯加減。同じく檜で作られた風呂桶の中に身を委ね、私は手を伸ばして、真鍮で出来た蛇口の栓を捻った。
ショートショート‥
始まった!今日はどんなショートショートで癒してくれるのかな。
(了)