スナイパー
買い物の帰り道、あまりにも暑いので
寄り道することにした。今日もここ、
「カイジェラート」に決定!
店の前に置かれたベンチに腰をかけ、お気に入りフレーバーのブルーベリーミルクを食べていると、
失礼
と、黒いスーツを着込んだ男性が隣に座った。暑苦しいじいさんだなとおもいながらジェラートを食べていると、いきなり彼が
次のターゲットは、A銀行の頭取スズキ氏だ。
と、私の耳元で囁いた
何のことか分からずキョトンとしてる私に
更に彼は小声で、
惚けなくても大丈夫。私は味方だ。
今日の夕方、カイジェラートのベンチ、右手にブルーベリーミルクを持って待っている、とメールしてくれたろ?
そう続けた。
明日、目の前の市川市役所にAが来ることになっているから、その下見なんだろ?それにしても君、変装も上手いな。どこから見ても、普通の中年のおばさんだ。
私はおばさんと言われムッとして、人違いです!と言おうとしたが、突然悪戯心がムクムクと首をもたげ始めた。このまま殺し屋のフリをしてみるのも面白い。
私は彼に合わせて、小さな声で
そう。私は君との待ち合わせを兼ねて、ここで下見をしていたんだ。この変装はとても暑いから、説明は手短にお願いする。
そう言うと彼は、
太ったおばさんの姿になるには、肉襦袢みたいなの着てるんだろ?大変だな。大丈夫か?
太ったおばさんだと!
オメーだって、冴えないじーさんだろうが!
そう言いたかったが、グッと堪える。
ところで、今回の報酬のことだが、
え!報酬?
そうだ。とりあえず手付けで半分。後の半分は成功報酬として支払う。
彼が手付け金の隠し場所をボソボソ話す間、私の心臓はドキドキ鳴り響き、あまりの緊張で、たまに気が遠くなってしまうこともあった。
君、大丈夫か?汗が凄いぞ。兎に角、一緒にいるところを見られてはまずいから、私はここらで失敬するよ。明日の成功を祈る。
そう言うと、彼は小走りで、神社の方へ消えて行った。
暗くなるのを待って、あの老人が言っていた
手付け金の隠し場所へと行ってみた。
真っ暗な神社の境内に、どーんと聳え立つ大銀杏。この根元に手付け金は埋めてあるらしい。
半分くらいでいいわ。全額失敬するのは申し訳ないもんね。だけど今どき、木の根元にお金なんか埋めるかな?
そう言いながらも、大金が舞い込むことを想像すると、心がウキウキ。夢中になってシャベルで地面を掘っていると、
もしもし。
背後から男性の声。
そんなことしたら、木が傷んでしまいますよ。ところであなた、もしかして、殺人依頼の手付け金を探してるんじゃないですか?
穏やかそうな男性がそう言った。
え!何でわかるんですか?
あなたもやられたんですね。私はここの神主ですが、週に一回くらいはあなたみたいに、
木の根元を掘ってる方を見かけるんです。それからいくら掘ってもお金は出ませんから。
えー!
黒尽くめの男性に言われたんでしょ?あの人、カイジェラートの近くに住む人で、ベンチに座ってアイスを食べる人の中から、揶揄う相手を物色してるんです。
じゃ、私はターゲットにされた?
そうです。まんまとやられましたね。本当のターゲットはA銀行のスズキ頭取じゃなくて、あなたなんですよ。
神主は、笑い出すのを必死で堪えながら、そう私に言った。
(了)